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トレンドを読む(加納 信吾)

ポジティブリストとネガティブリスト (2013.11.30) 

 ルールには、ポジティブリスト方式とネガティブリスト方式の両タイプがある。一般的に、警察はやっていいことだけを規定するポジティブリスト型であるのに対し、軍隊の権限規定は「原則無制限」であり、やってはならないことだけ規定するネガティブリスト型である。有事にあって予測しがたいすべての事態に法令を整備することは不可能との認識が根底にある。しかしながら、自衛隊はポジティブリストで統制されており、2009 年3 月に北朝鮮がミサイル打ち上げを予告した際、当時の浜田防衛相が初めて「破壊措置命令」を発令したが、これは命令がなければミサイルを撃墜できないポジティブリストの特徴を端的に表している。国防上は臨機応変に対応するために早急にネガティブリストへ移行することが望まれる。一刻の猶予もない。
 一方、2006 年には食品の残留農薬基準がネガティブリストからポジティブリストに移行している。ネガティブリストでは、原則として規制が無い中、「残留してはならないもの」をリスト化し、リスト内のもので基準値以上の残留農薬が検出された場合に規制されるが、ポジティブリストでは、原則としてすべてを禁止する中で、「認めるもの」をリスト化する。基準値以上の農薬が検出された場合、その農産物の流通は規制されるが、ネガティブリストと違うのは、すべての組み合わせ(品目×農薬)で基準値が設定される点にある。安全を重視するならば、リスクを限定するポジティブリスト型が有効である好例である。
   医療においては、薬事法はポジティブリスト型である。ある化合物が糖尿病に有効で薬事承認を得ていたとして、リウマチにも有効だと臨床現場で判明した場合、正規の臨床試験を実施し薬事承認を得ないとリウマチには使えない。しかしながら、医師はその権限において保険による払い戻しを気にしなければ、リウマチ患者にその薬を処方することができ、薬事法による限定を解除することができる。医師法は、医療の遂行にあたり医師に強大な権限を付与しており、臨機応変に患者の状況に対応できるように設計されている。医療行為の統制という観点から注目されるガンの免疫細胞療法は、薬事法による統制ではなく、医師法下で細胞加工を外部に委託して実施されている。新しい治療法の出現にポジティブリスト型の統制が追い付かず、医師法のネガティブリスト的な自由度を利用して合法性をかろうじて担保している典型例である。
 iPS 細胞に代表される先端医療技術の進展は将来の医療の選択肢を大幅に広げることが予想されているが、薬事法によるポジティブリスト型の制御をするか、医師法による個別のリスクテイクで実施すべきかの線引きが難しい。新たなルール組成は薬事規制・技術標準の両面から困難が予想されており、患者のベネフィットを優先しつつリスクを限定する、社会設計上の知恵が求められている。ルールは社会状況の変化に合わせて常に見直されるべきであり、技術の利用体系の重要な要素として捉える必要がある。

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