コーポレートガバナンスの新たな課題 (2023.9)
米国の外国企業説明責任法は、米国に上場する外国企業の情報開示や会計監査を強化する法律であり、中国企業の不正会計を契機として会計監査に求める条項を追加し、2020年12月18日に成立した。証券取引委員会(SEC)および公開会社会計監査委員会(PCAOB)を担当部門とし、細則に定められた要件を3年連続で達成できない外国企業は、米国証券市場で上場廃止となる。細則には、外国政府による当該企業の所有権または支配権の有無、取締役会構成員に含まれる中国共産党員の氏名、会社の定款への党規約の内容の記載の有無が含まれ、企業経営に対する外国政府の支配を排除する狙いがある。一方で中国では企業統治に対する党の関与を法律で定めていることから、PCAOBによる監査を受け入れても、細則違反で上場廃止となることは確実視されている。多くの中国企業は連続未監査であり、今年はその期限である3年目に到達することから、大規模な混乱が予想される。米議会の超党派諮問機関の米中経済安全保障再考委員会の発表によると、ニューヨーク市場に上場する中国企業はアリババ集団や百度(バイドゥ)など262社あり、監査受入れを表明しても、企業統治自体は細則を回避できず全社が上場廃止になるシナリオを想定すべき状況にある。SECは2022年3月に中国企業5社を規定違反の可能性がある企業として指定しており、今年から指定企業は順次増加していくと想定される。
この法律は米中デカップリングの中核的な政策のひとつだが、日本の企業統治の設計上も参考となる点を含んでいる。中国『会社法』第19条は、「会社においては、党規約の規定に基づき、党の組織を設置し、党の活動を展開する。会社は、党組織の活動に必要な条件を提供しなければならない」と規定している。また、同条にある『党規約』第29条は、「企業、農村、機関、学校、科学研究所、その他基層組織は、3人以上の正式な党員がいる場合、必ず党の基層組織を設置しなければならない」と規定している。つまり、党員が3人以上いる企業では、『会社法』と『党規約』によって、党組織を設置する義務があり、二重支配構造が常態となっている。「在中国外資企業」においても2017年で70%が党組織を設置し、2020年には「理研ビタミン」の在中国子会社の経営判断が、社内の党組織に掌握され不適切会計が行われたことで、上場廃止の危機に追い込まれる事態も発生している。日本での医療用マスクの中国企業による調達の例等から、同様に「在外中国企業」に設置された党組織が外国で活動する異形の企業統治となっていることも報告されており、国家情報法で在外者も含めて全国民に情報提供を義務付けていることや警察の出先機関を外国に設置する主権侵害行為とも相まって、諸外国は警戒すると同時に監視対象とするに至っている。
企業活動に外国政府の介入を許している場合には、公正な会計、適切な目標や資源配分は期待できず、安全保障上の問題にも直結する。更に日本企業の場合には対中進出リスクとしても再認識されるべき問題でもある。企業統治における制度設計上、対抗措置として外国政府の介入を抑止する一定の歯止めが必要であり、日本企業の外国での活動と外国企業の日本での活動の両方に対して、企業統治の適正化とそのための監査項目として、安全保障に関連した監査項目を導入し抑止すべき時期がきていることを米国のこの法律は示唆している。