海洋国家ニッポンの生きる道 (2014.2.30)
四方を海に囲まれたニッポン。近海の排他的経済水域(EEZ)でメタンハイドレート(天然ガスの一種)など有望な資源が相次いで見つかり、洋上風力発電などエネルギーの供給源としても注目されている。それらの開発機運は高まっているが、心配な点も多い。政府の司令塔機能が貧弱で、技術開発がきちんと実を結ぶのか、中国など近隣国との外交や安全保障にそれらの成果を生かせるのか、戦略性がよく見えないことだ。
海洋国家ニッポンとよく言われるが、これまで海の恵みを生かしてきたのは水産業や造船業などに限られ、思ったほど多くはない。メタンハイドレートや洋上風力は技術的には1980年代から注目されていたが、本格開発は夢物語とされてきた。ところが、世界的な資源獲得競争で米欧中が技術力をつけてきたほか、特に日本では東日本大震災後のエネルギー不安が重なり、一躍脚光を浴びるようになった。
なかでも有望なのが海底資源だ。昨年3月、愛知・三重県沖でメタンハイドレートを洋上に取り出す実験に世界で初めて成功した。日本近海には天然ガスの国内消費量の数百年分が眠ることが分かっている。高性能磁石に使うジスプロシウムなど、ハイテク製品に不可欠なレアアース(希土類)でも、東京大学などのチームが小笠原諸島・南鳥島沖の海底で「レアアース泥」を見つけ、話題になった。
日本近海にはほかにも、海底から噴き出す熱水のまわりに金や亜鉛などが眠る「熱水鉱床」、コバルトなどが豊富な「コバルトリッチクラスト」も見つかっている。資源関連企業が作る日本プロジェクト産業協会によると、メタンハイドレート、コバルトリッチクラスト、熱水鉱床の3つで、回収可能な資源量は金額換算で300兆円にのぼる。
洋上風力でも昨年11月、経済産業省が主導する浮体式風車の実験が始まった。洋上風力の潜在資源量は再生可能エネルギーの中で最大とされ、日本近海では原発100基以上に相当する10億〜13億キロワットの発電が可能との試算もある。欧州などと違って大陸棚が狭く、水深が大きいという課題もあるが、浮体式ならそうした課題を克服できる。
しかし、これらはニュースを賑わせてはいるものの、開発の戦略性となると心もとない。
まず海底資源の採掘では日本以外にも中国やフランスが水面下で積極的に動いている。特にレアアース泥は南太平洋の仏領タヒチ島周辺にも多く眠り、陸の鉱山の約1000倍の資源量があるとみられている。これに狙いをつけ、海底油田開発で実績のある仏エンジニアリング企業などが強い関心を持ち、中国も南太平洋の公海での開発権を国際機関に申請した。
中国は陸に豊富なレアアース鉱床を持ち、世界生産量の9割以上を握っている。だが一緒に産出する放射性物質トリウムが起こす深刻な環境問題に直面している。それに代わり南太平洋の鉱物資源に狙いをつけたとみられ、中仏による共同開発も取り沙汰されている。
ひるがえって日本はどうか。昨年閣議決定した海洋基本計画は海底資源開発を柱のひとつに掲げたが、「今後3年間は探査に力を入れる」と控えめな表現になった。来年度予算の概算要求も基礎的な調査項目が中心だ。
洋上風力でも日本はまだ実証試験の段階にとどまる。世界を見渡すと、すでに300万キロワットが稼働した英国が先頭を走り、今後も5000万キロワットの整備計画を掲げる。ドイツも3800万キロワットの計画を打ち出し、日本との差は開くばかりだ。
これに対し、企業や大学の研究者からは「日本にはスピード感が足りない。国内企業は既に基礎技術を持っているのに、それを生かす機会がない」と不満が漏れてくる。
日本はなぜスピード感に欠けるのか。突き詰めると、関係省庁の縦割りの弊害が大きい。
日本の海洋政策は長く「司令塔不在」が指摘され、2005年にようやく首相を本部長に関係省庁が集まる総合海洋政策本部が発足した。それから8年たったが、縦割りはなお続き、予算要求の重複も少なくない。
例えば海底資源をみると、基礎的な探査は文部科学省所管の海洋研究開発機構(JAMSTEC)、商業化は経産省所管の石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が担っている。だがJOGMECはその名の通り所管分野が多岐にわたり、近年は海外鉱山の権益確保に力を注いできた。「国産資源が採れるとなると、海外権益確保の意味が薄れるため、海底資源に消極的なのでは」と疑う研究者もいる。
洋上風力をみても、民主党政権時代の事業仕分けなどで「経産省と環境省の役割分担が曖昧だ」と再三指摘されてきた。だがいっこうに改善される兆しがない。
目先は省庁が連携し、ゴールを明確に定めて研究費を効率的に使うべきだが、長い目では省庁や研究機関の再編・統合を考えるべき時に来ている。例えば、海のエネルギーと資源開発を一元的に担う「海洋庁」を作れないか。資源エネルギー庁の担当部門を中心に、環境省、文科省、国土交通省などの海洋担当部門を統合し、所管の研究機関も再編・統合する案が考えられるだろう。
洋上風力や海底資源の開発を本格化させる目的は、エネルギーや資源の自給率を高めることだけではない。海洋技術で日本が世界に存在感を示すことは、尖閣諸島問題をはじめ海洋権益拡大に動いている中国をけん制する材料にもなる。本格開発に積極姿勢を示すことは、日本の安全保障の強化にもつながるはずだ。