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トレンドを読む(森 一夫)

パラダイム帰る開発の中心に人あり (2012.8.31)

前回の「トレンドを読む」で電機メーカーのヒット商品不足を取り上げた。この問題をさらに考えてみたい。
製品開発について、ニーズが先かシーズが先かというアプローチがある。画期的な技術が開発できれば、それに基づいた製品は斬新なので売れるだろう。一方、消費者のニーズに狙いを定めて、製品作りをすればヒットする確率は高い。ざっと、こんなメリットがそれぞれ考えられる。
もちろんデメリットもある。革新的な技術は特殊すぎる場合があり、必ずしもニーズがあるとは限らない。立派な研究所があっても、研究論文は量産できても肝心のヒット商品が生まれないということもある。
ニーズを見つけ出すのも、容易ではない。市場調査をいくら綿密にしても、確実にわかるのは顕在化しているニーズで先行商品が必ずある。手つかずの潜在的なニーズをとらえる決め手はない。結局は、勘がものをいうわけで、不確実性がつきまとう。
では生活スタイルを変えるような製品はどうして生まれたのか、歴史を振り返ってみよう。例えば飛行機は、どうだろう。社会、経済、戦争などあらゆるものが、飛行機の出現によって一変した。
自転車を製造していた米国のライト兄弟が1903年に、動力による初飛行に成功したのはよく知られている。彼らは、空を飛びたい一心で飛行機を作ったのであって、飛行機ができたから飛んだのではない。
実用的な自動車を発明したドイツのカール・ベンツが、ガソリンエンジンの開発にしゃにむに取り組んだのも、自動車を作りたいという具体的な目標があったからだ。飛行機も自動車もシーズかニーズかなどという議論とは関係なく生まれた。発明した彼らを突き動かしたものは、空を鳥のように飛びたい、陸を自由に走り回りたいという夢であり、目標だった。
身近な例では、アップルの創業者のスティーブ・ジョブズ氏のiPodやiPhoneがそれだ。画期的な要素技術を自ら開発したわけではないし、市場調査の積み上げによるものでもない。ジョブズ氏は、自分がほしいもの、作りたいものを追求した結果、世界を変えたといわれ、その死が世界中の多くの人から惜しまれたのである。
世の中のパラダイムを変えるような製品やサービスの開発物語の中心には、必ず個人が存在する。無機的な組織やシステムからは生まれない。つまり官僚的な大企業からは、ほとんど期待できないわけだ。
ホンダを設立してまだ6年目で、本田宗一郎氏は英国マン島の二輪車レースに挑戦すると宣言した。無謀かと思われたが、優勝して世界に「HONDA」の名を轟かした話は語り草である。この時、エンジンを新入社員に設計させた。その人は後に社長になった久米是志氏である。まだ小さな会社で人手が不足していたからと言ってしまえば、それまでだが、大企業には真似のできない芸当である。
改良や改善、および生産規模の拡大ならば、従来の路線のままでも進められるだろう。だが新しい市場を創造するような開発では、目標のために既存の制度や慣行にとらわれずに突き進む人が欠かせない。
伸び悩む企業が再生するには、明快な目標を持ち、強烈な意志を備えた人材を捜し出して、製品やサービスの開発を任せなければならない。それにはトップ経営者に、リスクを取る度胸と人を見る目が必要である。月並みな言葉で言えば、企業家精神が旺盛な経営者でなければ不可能だ。そんな経営者がどれだけいるのか。ブレークスルーを担うのは、創意と冒険心に富む人なのである。

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