海外から人材を「安全な国日本」に呼び込め (2012.10.5)
円高が続き、産業空洞化の不安が一段と高まっている。為替レートの問題が無くても、グローバル経済の時代だから、海外に生産拠点や研究拠点を設けるのは自然な流れだ。従って「空洞化」を過度に問題視する必要はない。ただし、もう一歩踏み込んで見ると、気になるのは人材の空洞化である。
最近、テレビの不振で電機メーカーが人減らしを図っている。こうして今いる会社に見切りをつけて希望退職に応じる技術者の中から、海外に新天地を求める人が出てくるだろう。しかし、人材の海外流出はご存じの通り今に始まったことではない。ある大手電機メーカーのOBは「韓国のメーカーでウチにいた技術者が300人くらい働いている」と言っている。
統計はないが、中国や台湾などにも、かなりの数の日本人技術者が行っている。日本のメーカーが海外に工場を建設して、技術者や技能者が指導に行くのならば、技術やノウハウは企業内に留まるが、頭脳が海外メーカーに移ると、そうはいかないのは自明の理だ。
人材の空洞化も割り切って言えば時代の流れで、嘆いていても仕方がない。産業の空洞化が問題なのは、出て行くばかりで海外からの直接投資が少ない点だと以前から言われている。
双方向の動きであれば、グローバル化への前向きな対応になり、マクロ的にはバランスが取れる。人材についても同じことが言える。出すばかりでなく、海外から人材を呼び込めばよいわけだ。もっとも理屈はともかく、現実には簡単ではない。しかし柔軟に考えれば、追い風が吹き始めたように見える。注目したいのは、中国の反日の激化である。この原稿を書いている今は、日本による尖閣諸島の国有化に反発して、盛り上がった暴動まがいの反日デモが一応沈静化している。だが略奪や放火まで起こしたため、中国は「怖い国」「異質な国」という負のイメージは日本だけでなく、諸外国にも広がりつつある。日本車に乗っていた中国人まで重傷を負わされる騒ぎになって、中国国内でも一部に批判的な見方が出ているようだ。
中国にとっては、こうした騒動が反日に留まっていればまだしもだろうが、いつ国を揺るがす騒乱に転化するかわからない。大げさと思われるかもしれないが、中国共産党の高級幹部の多くが親族を欧米に住まわせ資産も移していると言われる。
9月4日付産経新聞の「正論」欄で鳥居民氏が、香港の月刊誌「動向」に基づいて、共産党中央委員の92%の直系親族629人が米国やカナダ、オーストラリア、ヨーロッパに住み、中には国籍まで取得していると書いている。情報を一番握っている高級幹部がいつでも逃げ出せる態勢を取っていると言えよう。
日本は中国の技術者、研究者、知識人などにとり安全なシェルターになり得る。地震、津波の不安があるとはいえ、社会は外国と比べれば安全で、街はきれいで人は親切である。食事はおいしく、豊かな自然がまだ残っている。今の円高はヨーロッパの危機などで行き場を失った外国のマネーによって円が買われているからだと言われる。海外からは、円は相対的に安全資産と見られているわけである。カネがそうなら、ヒトにとっても日本が安全な逃げ場として見直されてもおかしくない。
対象はもちろん中国人だけではない。インフラはある程度整っているのだから、あとは受け入れ体制である。政府、企業、大学、研究機関などが、海外から優れた人材をひき付けられる魅力づくりと広報活動に動くべきである。ピンチをチャンスにするしたたかさが今こそ必要だ。