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トレンドを読む(森 一夫)

市場創造は科学とビジネスの二人三脚で (2013.1.17)

正確な時計、速いスピードの自動車、美しい画面のテレビなど、性能、品質が一目でわかる技術は、先進性をアピールしやすい。しかし性能、品質がなかなか見えない技術の場合は、顧客の認知を得るのに時間がかかり、市場を形成するのが容易ではない。
この事業化が難しいという欠点も逆に考えれば、ひとたび地歩を固めて優位に立てば、後発企業が出てきても簡単には追いつかれない。例えば、一昔前から有望株と言われながら、いまひとつ伸び悩んでいた光触媒がある。
光が当たると、殺菌や消臭の効果を発揮する光触媒は、消臭については効果が分かりやすいが、殺菌効果は当然のことながら目に見えない。市場を切り開くには、科学による原理的な裏付けのある技術開発と事業化が、うまく二人三脚を組む必要がある。要するに科学とビジネスが同時進行で、光触媒を生かした製品の開発に取り組まないと、事業として大きく開花しない。
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が実施した「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト」の研究リーダーを務めた東京大学先端科学技術研究センターの橋本和仁教授はこう言っている。「抗菌や空気清浄の場合は、実験室での特定の条件下で集めたデータを基に、効果があるといくら言っても意味がない。実際に使うフィールドで実験して効果を検証しなければ駄目だ」
橋本教授が中心になって2012年10月に発表した同プロジェクトでは、新たに開発した可視光応答型光触媒などによる抗菌剤や空気清浄機を、空港や病院で使用して効果を確かめた。
東大をはじめ北海道大学、東京工業大学などの学者と、昭和タイタニウム、三井化学、パナソニック、TOTO、日本板硝子などの企業が共同研究の体制を組んで進めた。主要な成果として、銅系化合物酸化チタンを材料に開発した可視光型光触媒によって、既存の窒素ドープ酸化チタンの可視光型と比べて10倍の効果を上げた。
窒素ドープ酸化チタンでは効果が十分でなかったため、従来の光触媒は紫外光応答型が中心だった。これには高価な紫外線を出す光源が必要なので、市場が広がらなかったわけである。また新開発の可視光型光触媒は暗い場所でも効果を発揮することが分かった。
同プロジェクトは、新千歳空港や横浜市立大学付属病院、北里大学病院で実証実験を行った点でも大きな意義がある。参加企業が開発した光触媒のフィルムやタイル、ガラス、塗料などをトイレやカウンターなどに用いた。空気清浄機は盛和工業(横浜市)が開発したものを新千歳空港に341台設置してデータを集めた。
新開発の可視光型光触媒は、1時間で99.99%のウイルスを不活性化したという。これにより今後、建築の内装材や医療施設、空港などの公共施設への普及が期待できる。年間1000億円を超えられなかった市場規模は、今後20年間で3兆円近くに膨らむとNEDOや橋本教授は見込んでいる。
しかし技術的に困難があっても、いずれ新規参入は増えてくるだろう。優位を維持するには「関係各社が集まって、サービスも含めてシステムを提供できる新しいビジネスモデルをつくるべきだ」と橋本教授は提案する。
どのように市場を創造するか、事業の有効な仕掛けが伴ってはじめて、光触媒は産業として確立する。それには旺盛な起業家精神が欠かせない。 光触媒の空気清浄機でリードする盛和工業は従業員約30人の規模だが、創業者の栗屋野香会長が先頭に立って20年近く粘り強く開発に取り組んできた。そうした精神が今後、ますます重要になる。

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