イノベーション人材と「第3の指摘」 (2014.6.15)
内閣府の経済社会総合研究所は、このほど「イノベーティブ基盤としての産業人材に関する研究会」における議論などを集約したディスカッション・ペーパーを公表した。この中で筆者が注目したいくつかの視点を引用してみたい。
第一は、「ビッグプッシュで技術的イノベーションを起こしても、その多くが使われず眠ったままになっているのが現状。消費者本人さえ気づかない理想の生活・文化を構想するビッグプルによるイノベーションを起こせる人材が重要になってくる」との指摘である。
例えば、半導体技術の発展がIT革命を支えたとはいえ、ITイノベーションを主導したのは夢や遊び心に突き動かされた若者であった。日本にそんな人材を育てる素地はあるだろうか。これまで科学技術政策の一環として理科好き子供を育てるプログラムを実施してきたが、これがイノベーション人材につながるとは考え難い。社会に目を向ける教育こそ重要と思われる。
第二はディスカッションペーパーが取り上げたヤフー株式会社の事例である。ヤフーの基本姿勢は「迷ったらワイルドな方を取れ」「成果よりどれだけ行動したかを重視し、10倍挑戦して、5倍失敗すれば、2倍成功する」という。
昔、スペースシャトルが爆発事故を起こしたとき、米国の大統領は「悲しい事故だが、米国は事故を乗り越えて有人宇宙開発を進める」という趣旨の発言をした。日本は福島の原発事故に右往左往し、当時の民主党政府が脱原発を打ち出した。
失敗を許さない日本社会の風潮は社会の様々な側面に浸透している。企業でも、社員の新しい提案に対して「失敗したらどうするのか」とか「本当に利益が出るのか」といった反応は少なくない。いま世間を騒がせている「STAP」細胞に対する批判が、若者の挑戦心を萎縮させなければいいと思う。
第3は、「トップダウン的に定めた特定分野に関する技術開発を進化し発展させる方向のみでは日本社会が持続的に発展を続け、国際競争力を維持・強化することは難しい」と指摘している点である。
政府の成長戦略はイノベーションを重要な柱と位置づけている。科学技術政策の司令塔とされる内閣府の総合科学技術会議がこの5月19日に「総合科学技術・イノベーション会議」に改称された。これも政府がイノベーション重視する姿勢の現れだろう。
産業界を観察すると、社会やユーザーとのきめ細かい相互作用を通した地道な試行錯誤からイノベーションが生まれる場合が少なくない。社会やユーザーの多様化を考えると、様々な社会的ニーズに対応できる多用な知的基盤を構築することが極めて重要である。トップダウンや重点化という発想は、多様性の排除につながりかねない。第3の指摘にどう答えるか、大きな課題である。
© Shingo Kano, 2011