アメリカで春節を祝う ― アメリカの歴史と現在の形 (2023.1.28)
ホワイトハウスの旧正月
中国、韓国、台湾、ベトナム、シンガポールなど、中華圏で祝われる旧暦(太陰暦)による正月、いわゆる旧正月(春節)は、2023年の今年は1月22日に始まった。1月26日、アメリカのバイデン大統領はホワイトハウスで初めてとなる春節を祝うレセプションを主催した。レセプションでのスピーチを、大統領は「我々が家と呼ぶこの国の形は、ともに暮らす多様なコミュニティ、人々の日々の希望と勤労を信じることで、これからもつくられ続けていくのです」と締めくくった。会場では、獅子舞が披露され、中国系アメリカ人で日本でも著名なフィギュアスケーター、ネイサン・チェン選手の姿もあった。
ハワイに次ぐアメリカ最大のアジア系コミュニティがあるカルフォルニア州では、2023年から旧正月が正式な州の祝日となった。当地、ボストンでも春節関連のさまざまなイベントが催され、中華街ではパレードが、湾岸エリアではベトナムのテト(旧正月)を祝うお祭りが行われた他、ボストン美術館では、中国、韓国、ベトナムなどの芸術を紹介するイベントが開かれた。
アメリカでは近年、「Lunar New Year(月の新年)」として、旧正月への一般的認識が高まっている。職場や街角で「Happy Lunar New Year!」とお祝いの言葉をかけ合ったり、人々が思い思いに干支の動物のモティーフを楽しんだりしている。旧正月は、春節を伝統的に祝ってきたコミュニティを越え、ホリデーとして、アメリカ社会に定着しつつある。
広がる春節の受容−緊張と共感の狭間で
多文化の尊重は、現実の緊張があるからこそ、それらを乗り越えて目指す理想として意識される側面がある。先のバイデン大統領のスピーチに表れているように、ここ数年のアメリカ社会における旧正月の積極的受容は、新型コロナウイルスの世界的大流行を契機にアメリカ社会でより直接的に露呈することになったアジア系コミュニティへのヘイト、先鋭化する米中対立と無関係ではないだろう。アメリカ社会における祝祭文化としての春節の広がりに目を向けると、緊張と共感の狭間で、人々が生活のなかで社会の多様性とどのように向き合おうとしているかが見えてくる。
旧正月を、アメリカ社会で新しい文化として取り入れようとする動きは、政治からビジネス、教育、さまざまな場面で広がっている。検索エンジン最大手グーグル(Google)のロゴは祝日や記念日などにあわせてデザインが変更されるが、1月22日には旧正月仕様となった。中国の伝統的な切り絵細工、剪紙(せんし)で模られたウサギがカラフルに色付けされたデザインで、クリックすると旧正月や剪紙について学ぶ機会になるという具合である。さまざまなショッピングサイトでは旧正月に合わせたセールが展開され、旧正月関連の商機は今後、更に拡大すると見られる。
アメリカ史の形−キング牧師記念日に続く春節
保育園・幼稚園から小中高、そして大学を含む教育の場でも、旧正月を紹介する活動が行われている。なお、ハーバード大学では、社会における平等、多様性、共生や連帯を進めるイニシアティブのためのセクション(Office for Equality, Diversity, Inclusion, and Belonging)のウェブサイトでは、旧正月をアジア圏の多くの人々にとって大切な祝日として取り上げ、ボストンで行われるイベントの情報も合わせて掲載した。教育現場における旧正月の普及には、アメリカ社会のマイノリティであるアジア系コミュニティへの理解を深め、多様性を前提とした社会の成熟を目指すリベラルな信念がある。
バイデン政権は昨年6月に、アジア太平洋系アメリカ人の歴史や文化を紹介する国立博物館創設に向けた法案を成立させ、現在、ワシントン D.C.では、国立アジア・太平洋系アメリカ人歴史文化博物館(National Museum of Asian Pacific American History and Culture)の設立が進められている。同法への署名を前に、演説の中でバイデン大統領は、太平洋戦争下で行われた日系人強制収容、近年のアジア系をターゲットとしたヘイトクライム(憎悪犯罪)の増加にも言及した。そして大統領は、既存のアフリカ系アメリカ人、ラテン系アメリカ人、そして女性、とアメリカ社会のマイノリティの歴史を扱う国立博物館に触れ、アメリカ史の形を作る上で、アジア系アメリカ人に光を当てた博物館を作ることの意義を強調した。
アメリカのカレンダーでは、1月中旬に、同国の歴史を捉える上で極めて重要な休日がある。第3月曜日のキング牧師記念日である。キング牧師の誕生日(1月15日)に合わせて制定され、名称などに細かな差異はあるものの、アメリカの全州で遵守されている。教育機関を中心に社会全体で、キング牧師がリーダーとなり、アフリカ系アメリカ人が公民権の適用と人種差別の解消を求めて行った公民権運動の歴史から、社会の多様性について考える機会となっている。キング牧師記念日に旧正月が続き、アメリカ社会でマイノリティが歩んできた歴史への理解を更に深める流れとなるだろう。
Happy Holidays −ヘイトへの抵抗
かつてアメリカでは12月も中旬にさしかかると、街角や店先で、人々が「メリー・クリスマス」と言葉を交わしていた。この十年ほどで、少なくともボストンでは「メリー・クリスマス (Merry Christmas)」は、多くの場面で「ハッピー・ホリデーズ (Happy Holidays)」に置き換わった。「ホリデー」を「ホリデーズ」と複数形とすることで、特定の祝日(クリスマス)に限らず、それぞれの祝日を尊重し、祝福を共有する姿勢を示している。
この「ハッピー・ホリデーズ」の念頭には、まずアメリカでクリスマスと前後して行われるハヌカの祝祭(ユダヤ暦によるハヌカは8日間続く)がある。街や商店そして住宅街の飾り、ラッピングの包装紙やリボンの売り場にも、クリスマスとハヌカのモティーフが華やかに並ぶ。こうしたハヌカの積極的受容の根底には、反ユダヤ主義への抵抗がある。アメリカでは11月下旬に国民の祝日として感謝祭を祝い、12月に入りクリスマスがあり、前後してハヌカ、そして宗教に関係のない新年(1月1日)を経て、年明けにキング牧師記念日、旧正月と続く。この国の秋から冬に訪れる長いホリデー・シーズンには、緊張を孕みながら共生を目指す人々の知恵と楽しみが詰まっている。そして現在に続く苦難の歴史を学びながら、人々は春を迎えるのである。
【参照】
The White House, “Remarks by President Biden and First Lady Jill Biden at Lunar New Year Celebration” (January 26, 2023).
Office for Equality, Diversity, Inclusion, and Belonging, Celebration, Harvard University, “Lunar New Year”.
ARTNews, “Biden Approves Research Panel Seeking to Establish Museum Centered on Asian American Culture” (June 14, 2023).