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トレンドを読む(吉川 和輝)

基礎物理の新発見が技術開発を激変へ (2012.2.20)


新聞の第1面を基礎物理学の話題が飾ることは滅多にない。その常識に反する事例が昨年後半から今年にかけて相次いでいる。新しい順に挙げると、1月に名古屋大学の小澤正直教授らが、量子力学の基本原理である「不確定性原理」に誤りがあることを実験で証明したと発表した。昨年12月には日本を含む国際研究グループが、ジュネーブの欧州合同原子核研究機関(CERN)での巨大加速器実験で、ものに質量を与える未知の素粒子である「ヒッグス粒子」を発見する可能性が高まったと発表。今年夏にもヒッグス粒子発見の正式な発表があるとの見方が強まっている。昨年9月にはCERNとイタリアの研究所による実験で、素粒子ニュートリノの速度が光速をわずかながら上回っていたとの観測結果が得られた。こうしたニュースへの読者の関心は非常に高く、「不確定性原理」や「超光速ニュートリノ」の解説記事を日本経済新聞の電子版に載せると膨大なアクセス数がある。
いずれも大きな科学上の発見であり、物理学の教科書を書き換えたり、ノーベル賞につながったりする可能性は十分だ。ただ個別にみると、実験結果の確からしさや、今後の波及効果にはそれぞれ違いがある。特にニュートリノが光速を超えたという観測結果については、事実だった場合はアインシュタインの特殊相対性理論をひっくり返してしまうことになり、当の研究グループもまだ「半信半疑」の状態という。ヒッグス粒子に関しては、40年以上前から存在が理論的に予言されており、その発見のために巨大な実験装置を使ったことを考えれば、発見が近づいているのは順当な経過であると言える。
「不確定性原理が破れていた」という小澤教授らの成果は、そのセンセーショナルな表現もさることながら、先端技術の開発への波及効果も大きそうだ。教授の言を借りれば「ハイゼンベルクの不確定原理はその定義自体があいまいで、実証や反証をしようにもできないものだった」という。小澤教授の新たな理論によって量子物理量を測定する際の誤差を定量的に計測したり、制御したりする道が開かれる。超高速計算が可能な量子コンピューターの実現に向けた研究が加速するという。
最近は研究開発やイノベーションを話題にする際、「役に立つ」研究や、産業競争力に直接結びつく研究活動が重視される。同じ基礎研究でも応用目的を意識した研究が重要であると説かれる。企業や国の研究活動が目的を明確化して進められるのは道理にかなっている。だが、物理学の新発見に象徴されるような基礎科学の進展が、技術開発の経路を大きく変える可能性にも十分注意を払いたい。
物理学のニュースへの関心が高いのも、自然の成り立ちへの興味の大きさはもちろんだが、ハイテクによる実験・観測技術の進歩に伴って、物理の様々な分野での新現象をなんとか使いこなすことができそうだという感覚が強まっているためだと思われる。科学的発見や、基礎研究は、その成果がすぐに世界中で公知のものになる傾向が大きい。その活用には、通常と異なるセンスで取り組む工夫も必要である。

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