一般社団法人日本MOT振興協会

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人材育成フォーラム

第2回 人材育成フォーラム(平成24年7月4日(水))

【統一テーマ】 東大秋入学は日本を救うか?

 「ポスト3・11」は、世界主要国の指導者が交代し、官民一体の国際競争がかつてない激しさを増し、21世紀の国際秩序は構造的に大きな変化を迫られている。そうした歴史の大転換の時に、日本は東京大学が提唱して11大学による「教育改革推進懇話会」を発足させ、カリキュラムや入試制度の改革、産業界との連携、社会への積極的な情報発信など、世界を名実ともにリードできるグローバル人材の育成に乗り出した。高等教育界から発動する内外社会の大変革であり、各界トップリーダーが実践に重きを置いて、多様な議論を展開した。 


「9月入学は教育の国際化に必要」

有馬朗人会長私は、9月入学はやるべきだと長年主張していた。1918年(大正18年)までは旧制の高等学校、大学は9月入学であった。だから夏目漱石や森鴎外は9月入学ということになる。何故これが4月入学に変わったかというと、私が今勤めている武蔵高等学校、中学校に関係があり、7年制高校が作られた。それが1918年。その7年制高校が作られた時、旧制中学校の5年間の4年目を端折って、高等学校3年と結びつけて、7年制高校を作った。
 7年制高校ができると、他の中学校に不平等だということになり、中学校4年から旧制高校へ飛び入学できる制度ができた。従って、当時既にできていた普通の高等学校にも、中学校4年生で入学試験を受けて、合格すれば入学することができた。これが飛び入学。飛び入学制度は実は他にもあって、小学校5年生で、6年生をスキップして中学校に入学できた。私は残念ながらダメだった。なぜかというと、私の学校の成績には、「甲、乙、丙」の「乙」があった。
 もう1つ、精勤賞ないし皆勤賞をもらって、しかも中学校の試験に5年生で受かれば、入ることができた。中学校も、4年修了したところで成績が良ければ、高等学校に進学できた。今日、渋谷教育学園理事長の田村哲夫先生がお見えになっているが、私と田村先生と、中央教育審議会を今から10年ほど前にやって、その時に国にお願いしたのが大学の飛び入学。それを実行してくれたところはたった1校、千葉大学だけだった。たまたま私も千葉大学の丸山学長(当時)も、武蔵高校に飛び入学で入った。そこで千葉大学に我々が提案して、田村先生と一緒に飛び入学制度を作り、高校2年生から大学に入れるようにした。
 さて今回、東大が9月入学をやろうとするとき、1番のハードルは、4月に高校を卒業して9月までどうするかという問題。難しいことを考えなくても、半年の飛び入学制度を導入すれば良い。今ある飛び入学は1年だが、1年プラス半年の枠を作って、半年の飛び入学制度を認めてもらえば良いわけで、板東局長の腕力をもって、法律は既にできているのだから、少しモディファイすればできてしまう。というわけで、私は、9月入学は制度的にも可能であると申し上げたい。
 日本の教育を国際化するためには、さらに重要なことがある。日本人の学生の英語力を増やさないといけない。外国人の先生を増やしなさい。国際化するためには3分の1くらいは外国人にしなさい。そして授業の3分の1から4分の1は英語でやりなさい。それからもう1つ重要なこと、ちょっと耳の痛いことを申し上げる。1つは、社会科学の先生はもっと英語で論文を書き、大学の国際的なランキングを上げなさい。例えば東大の物理は、世界のサイテーション・インデックスでは2番か3番。化学も京大が良いし、素材でも東北大が入っている。ところが、社会科学だとランキングに入ってこない。それは先生方が論文を英語で書かないからだ。
 最後にもう1つ、文部科学省は、特に高等教育費を上げなければいけない。日本のGDP当たりの高等教育費は0.5%で、世界で最低。先進諸国は米、独、仏が1%、英も0.8%。だから、1%レベルまで、日本の公的教育費用を上げて欲しい。特に大学の高等教育に関する教育費を上げて欲しい。そうすれば、本当の意味での大学の国際化が行われるだろう。

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「9月入学への改革は制度的にも可能」と語る有馬会長

【有馬朗人会長挨拶の要点】
・9月入学には半年の飛び入学制度が活用できる。
・9月入学は、制度的にも可能である。
・日本の教育・研究の国際化には英語力の強化が必須。
・GDP当たりの高等教育費を上げなければいけない。


基調講演①「秋入学と総合的な教育改革」 東京大学総長 濱田純一氏

「タフな学生」「国境なき学生」を作っていく
 今日の「人材育成フォーラム」の統一テーマは「東大秋入学は日本を救うか」という、大変プレッシャーの強いものだが、ここはひるまず、私が考えていることを率直に申し上げる。
 私が総長に就任したのは3年ばかり前だが、その時の最初の入学式で、「タフな学生を作りたい」と述べた。知的な力に加えて、タフさということで、コミュニケーション力、チャレンジ力、あるいはリスクを冒す力、そういうものを付けてもらいたいと述べた。翌年の挨拶では、「国境なき学生になってくれ」と述べた。これはもちろん、学生に国際的に自由に動き回って活躍して欲しい、そのために、外国語をしっかり身に付けるようにして欲しいということもあるが、それだけではなく、自分がこれまで生きてきた世界とは違う、生活スタイル、異なったものの考え方、異なった価値観、そういうものとぶつかり合う中で自分というものを成長させて欲しいということ。その前提として、日本人としてのアイデンティティ、日本の文化、歴史、言葉へのしっかりした理解がないと、ぶつかることもできない。異なるものとぶつかる中で、自分の力を強めて欲しいと言った。この2点、今でもスローガン的に、よりグローバルに、よりタフに、それが私の人材育成に対する考え方である。そのために学生をどう鍛えていくかを考えてきたが、大きな取り組みの1つが秋入学ということになる。秋入学の仕組みだが、それ自体は非常にシンプルなもので、要するに9月入学にして、9月から12月を前半の学期、2月から5月を後半の学期とする。そして、世界の多くの国と学期を揃えることによって、学生たちが自由に行き来できるようにする。学生だけでなく、研究者も非常に動きやすくなる。
 高校が3月で卒業なので、4月から8月に空白の期間があることになる。これを「ギャップ・ターム」と呼んで、積極的に、冒険をしていくような知的な経験、あるいは社会体験、国際体験をすることで、大学に入ってから、より主体的な学びをしてもらう。あるいは、現実社会を意識し多様な学びをやってもらう、そのきっかけをこの時期に作ってもらおうと考えた。


秋入学構想が持つ3つの意味
 私は秋入学の構想が持つ意味は3つあると考えている。
 1つは、学事暦の変更ということで、留学生を日本に呼び、日本の学生は海外に出ていく、これをスムーズにする。それから、今申し上げたように、ギャップ・タームというものを積極的に活かしていく。そして、リアルな課題意識を積極的に持ってもらう。
 2つ目だが、学事暦の変更と連動して様々な教育改革、あるいは社会システムの改革を誘発していきたいと考えている。「社会システムの改革」とは、企業の採用活動や国家資格試験の時期もあるが、そもそも今の就職活動のあり方がこれで良いのか。ある時期に、一斉に黒ずくめの若い学生がウロウロするというのは、本当に自然なことなのか。そういうところから考えていかなければいけないと思っている。あるいは、「とにかく人生というのは効率的に送れば良い、回り道をしない方が良い」と我々は考えて戦後社会の成長を引っ張ってきたわけだが、それだけではなく、人生における一種のギャップ、回り道というものを積極的に活かしていく。そこで経験する多様なものの考え方、価値観、行き方、そういうものについても、社会でもっと積極的に位置づけてもらえるようにしてはどうか。それが本当の意味での社会の力強さにつながっていく。
 3つ目だが、これは私たち大学にいる人間だけではなく、社会全体の、グローバル時代に対する意識の転換ということである。私たちは国際化、国際化と、もう10年、20年言ってきたと思う。では、それで日本が本当に国際化しているのかというと、なかなか動きが鈍い。やはり、日本という自分の砦を守りながら、とにかく世界とつながりを持っていこうという、言わば守るものを持ちながら、何とかそれを維持しながら世界と付き合おうという感覚に、足を引っ張られている気がする。このグローバル化時代には、日本という柵を思いきって取っ払い、大平原の中で能力を競い合う、あるいは協調していく、そういう気持ちの構えが、今、大学にも社会にも求められている。そういう意識の変化を促す意味があると考えている。

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濱田純一・東京大学総長


秋入学に取り組むプロセスが、日本社会を変えていく
 そうした意味で、この秋入学の構想というのは、学校のカレンダーを少し動かすということだけではなくて、社会の意識、あるいは社会のシステムを変えていく運動だと思っている。すでに細かい議論が出ているが、秋入学をやろうとすると、先ほどのギャップ・タームの問題をはじめ、就職時期の問題も含めて、色々な課題が芋づる式に出てくる。結果としての秋入学が日本を変えるのではなく、秋入学というものに向かっていく中で生じる色々な課題に主体的に取り組んでいく、そのプロセスが日本を変えていくと思っている。
 この秋入学の構想は、私自身、とても大きな、場合によっては乱暴な提案だということは承知している。ただ、あえてこうした構想を今提起しなければいけないと思った背景には、日本の現状、あるいは近い未来に対する危機感が2点ある。
1つは、とにかくグローバル化の進み方が凄まじく早いということ。もう5年経てば、今の日本社会の様子は大きく変わるだろう。そういう時代に若い学生達に活躍してもらわなければいけないのだから、学生のうちから何らかの形で海外と交渉を持ちながら生きていくしかない。「自分の幸せは日本国内にはなくて、世界で活躍していくしかない」という思いを持って活動できるように、条件を整えていく必要があると思っている。また、東大の学生にも最近、「君らの競争相手は日本人だけではない、世界の優秀な人達を相手に競争するのだ、そういう中で生きていくのだ」と言った。これは何も東京大学の学生、卒業生に限らず、日本人の若者がグローバル化を我がこととしてしっかり考えていかなければいけない時期に来ている。

若者がグローバル化に危機感を持って向き合い始めた
 とても面白いアンケートがあったが、ある新聞で秋入学についてどう思うかと聞いているのだが、その中に「グローバル化は自分に関係があると思うか」と聞いた設問がある。それに対して、高校生の7割が「関係ある」と答えている。よく「高校生が内向きだ」と言うが、私はどうも若い人たちの間に、一種の危機感と言うか、自分たちが日本社会で世界と生きていけるのかということを真剣に考え始めている、その危機感が顔を出し始めているというのが、私の直感である。そうした若い人たちの緊張感に対して、大学というものが当然しっかり答えてやらなければならない。
もう1つは、時代の変化というものがますます不連続で、しかも予測困難になっていくだろうということ。これから10年単位で続くような大きな変化が、今もう始まっているのだという気がしている。
 その中で、やはり学生たちには世の中の動きがどう変わろうと柔軟に、大胆に行動していく、あるいは失敗しても平気で立ち直る、世界のどこでも生きていける、そういった力を付けてやらないと、大学としては無責任だと私は思っている。秋入学へのチャレンジは乱暴かもしれないと言ったが、あえて乱暴なことをしなければいけないというのが、私の認識である。

秋入学構想が抱える課題
 もちろん、秋入学の構想の実現は大きな改革だから、課題があるのは当たり前だと思う。大きな課題は2点。1つは、国家資格試験の時期、就職の時期の問題。もう1点は先ほど申し上げているギャップ・タームをいかに活用できるか。この2点が勝負どころだと思っている。国家資格試験の時期の問題は、やはり政府、あるいは政治の手で、しっかり変えて欲しい。
 今、政府の方も秋入学に対する支援の姿勢を示しているが、ここはさらに本気度をしっかり見せてもらいたいし、私たちも働きかけていきたい。やはり、日本の将来のために危機感を持って、ここは汗をかこうと思っている。チャレンジをする若い人が、今の資格試験のシステムの中で「一生懸命やると損をする」と感じてしまっては、世の中が良くなるはずがない。
 就職時期だが、企業の方々に大変努力、支援を頂いて、今色々とお話をさせて頂きながら、協調して進んでいるところである。これから企業の皆様方と大学とで一緒に協議を進めていく中で、色々な課題を前向きに解決していけるだろうと思っている。

ギャップ・タームを活用して若者を育てていく
 ギャップ・タームについて、学内で慎重論として出ているのは、「ギャップ・タームを若い人達がうまく使いこなせるのか、半年の間に学力が落ちてしまうのではないか」という危惧。ここは、非常に大事なところなので、大学としても一生懸命汗をかいて解決するということをやっている。来春を目途に、こうした課題にどう取り組むかということをまとめ、枠組みを作りたいと思っているし、またギャップ・タームの使い方ということについては、社会の色々な方々と一緒にご相談していきたいと思っている。
 この夏から、色々なパイロット・プロジェクトを動かして、ギャップ・タームをどれだけ使いこなせるか試してみようと思っている。やはり、理屈を言うよりも、実例を見せることがとても大事で、学外で色々なプランを募って、具体的に実施に向けて動いているところである。被災地でのボランティア、日本語教室でのボランティアとか、農山村の振興事業に関わっていく、あるいは過疎高齢地区のまちづくりに関わっていくということもある。あるいは、折角外国に行くのであれば、そこで身近な住民の人達と触れ合う機会をもっと作ろうということで、例えば上海のコミュニティ拠点で市民と一緒に何かやっていくということを考えたり、あるいはイギリスのカレッジに滞在して、裁判の陪審制度で市民性、シチズンシップをどう育んでいるかについて経験を積む、そういうことを海外でやってみようと動いている。
 ギャップ・ターム慎重論として気になるのは、「18歳の若者は未熟だから、ギャップ・タームをうまく使えないだろう」という根強い意見。そういう不安は分かるし、特に親御さんとしてはそうかもしれない。しかし改めて考えてみると、そもそも日本社会がこれまで18歳くらいの若者の選択能力や自己責任のあり方をきちんと育ててきたのだろうか。むしろ、そこが問題だと思っている。一方では、18歳に選挙権を与えようという話もあるので、ただ「18歳は未熟だ」と言っているだけでは済まないのだろうと思う。
 もしギャップ・タームがうまく動けば、中等教育以下の教育の在り方も変わってくるだろう。いつまでも「若者は内向きだ、未熟だ」という前提で社会を設計していても仕方ないので、変化のきっかけをしっかり作っていくことが必要だと思う。
 「課題があるからやめておこう」というのでは何も変わらないのだから、課題を解決するために主体的に行動する、そして秋入学について困難を除去するための努力を、大学として全力を挙げてやっていくことが、私たちの責任だと思う。また、そういうプロセスを動かしていく中で、大学や社会の活力も生まれていくというのが、私の期待するところでもある。
 最近のアンケートで、東大の2年生にアンケートすると、大体賛成半分、反対半分というデータが出る。また、今年の東大の新入生のほぼ全員に対して、アンケートをしたが、秋入学に賛成だというのが50%、反対が23%であった。半分が賛成というのには驚いた。学生が本当に秋入学というものを良く分かっているかどうかは分からない。しかし、大事なことは、若い人たちがそれだけの危機感、期待を持っているということ。このところを、大学教育がいい加減に扱ってはいけない。若い人達は、私たちが考えている以上に危機感を持ち始めている、それが私の実感である。
 主だった大学の動向は、ご承知のように積極論から消極論まで幅がある。報道では大学の違いが強調されがちだが、私の印象では、大体ベクトルは同じだと思う。消極論の大学も、秋入学の意義を否定しているわけではない。そうではなく、「自分の大学としては、他に優先しなければいけない課題がある。そして温度差というよりは時間差の問題だ」と言われる。時代の大きな流れとして、秋入学への流れは変わらないと思う。仮に「秋入学は無理だ」と、これだけやって降参するような判断をするならば、日本社会の閉塞感はさらに強まるだろう。
 まずは東京大学という体力のある大学が打って出て、火の粉を浴びながらやっていくしかないと思っている。そういう中で、次の時代の大学の姿というものが出来上がっていくと思っているので、是非、皆様方からも、これからご支援を頂ければと思っている。

【濱田純一氏講演の要点】
・「ギャップ・ターム」を積極的に活用し、学生を育てていく。
・グローバル化に対する社会の意識変換が必要。
・秋入学のためのプロセスこそが、日本社会を変えていく。
基調講演②「グローバル化と人材育成」

文部科学省 高等教育局長 板東久美子氏

秋入学制度の発足と変容
 私自身、個人的に9月入学問題は、過去のつながりがある。自己紹介を兼ねてその話をさせて頂く。
 私が旧文部省に入ったのは昭和52年だったが、最初に大学課に配属された。そして命じられたのが、大学が9月入学だった時の経緯の調査。ちょうど私が文部省に入った時、大学入試センターを設置する国立学科設置法という法案が国会で審議されていた。共通一次試験を導入する時期について、西岡武雄議員が、高校教育を最後までしっかりしてから入試を考えたらどうか、9月から授業が始まれば、むしろ途中で夏休みが入らず、勉学にふさわしい形で学業が遂行できるのではないか、国際化に対応できるのではないかと提案をした。
 その時に、旧制の大学制度が、高等教育局が発足した時は9月入学だったということを調べた。当時は、欧米の高等教育制度をそのまま入れたということと、外国から優れた教員に来てもらわなければいけないということで9月入学を導入した。その後、高等師範学校は、徴兵制や会計制度の関係で、4月入学になっていった。また、卒業までの年限をもう少し短縮して、世の中に早く出せないのかといった要求が、大正〜昭和にかけて、産業界から出てきた。また、外国人教員が高等教育を支えていた状況から、日本の中で教員、研究者が育成されてきた。これは、大学が「日本化」していった過程ということではないかと思う。

秋入学導入は戦後、様々に提起されてきた
 しかし戦後、改めて昭和40年代の後半くらいから、だんだん帰国子女、留学生等の問題も含めて、少しずつ秋入学が提起されてきた。中教審、臨教審、色々なところで何度も議論をされて、時々浮かび上がってくるテーマであったわけだが、少しずつ制度改正が進んできた。例えば、昭和51年には、中教審の答申等で、もう少し国際交流に対応できるような大学の制度柔軟化を、ということで、学年途中の入学も可能になったりしたが、それほどインパクトは大きくなかった。
 私も個人的に関わった部分もあるが、教育再生会議等の議論を受けて、平成20年には4月入学原則が改められて、学年の周期は学長が定めることができるということになった。今回の提案のように、9月入学全面移行も可能であるし、9月がメインで4月はサブということも可能だし、色々なやり方ができるという形になった。これは教育再生会議の委員であった中嶋嶺雄先生が、国際教養大学の学長として、「グローバル化時代に合わせた大学を」ということで、思いきった大学改革をしようと色々な構想を練られた時に、9月入学をメインにできないかと、ご相談を受けた。当時の学校教育関係の規則だと、4月入学が原則という縛りがあったわけだが、むしろ、9月入学をメインにしたいと中嶋先生が問題提起をされ、今のような規定に変わっていった。
 ギャップ・ターム、日本版ギャップ・イヤーというものをもっと入学時期の問題と絡めていけないかという議論もあったと聞いている。現実に、国際教養大学では、半年空けて入ってくる学生、その間に何をしてきたかを問う形の入学者選抜も含めてやっている。
 ただし、今まではこういった制度改正も、大きな変化を生み出していなかったと思う。教育再生会議で、9月入学導入についても積極的な取り組みを促す提言が出て、文科省も検討のための予算を付けたようだが、結果として時期尚早だということで、広がりという点では大きなものではなかった。

グローバル化に乗り遅れる日本の高等教育
 今日申し上げたいのは、グローバル化に対応した人材育成という点だが、それがどういう状況にあるのか、政府、大学からどのような動きが出ているのかという点。まず、グローバル化の進展ということについては、これから対応する人材育成が急務であるが、一方で、ご承知のように海外留学をする日本人が減少している。また大学の国際競争力が、教育、研究の面など全体として低下をしているのではないかという問題が生じているという点は、強く指摘されている。
 海外の学生は留学者数がどんどん増えている。しかし、日本は減少している状況であり、日本人の海外留学者数は2003年くらいの8万2千人余りをピークにして、今は6万人を切っている。アメリカの大学に在籍している日本人学生も、少し前から確実に減ってきている。これはハーバード大学学長やクリントン国務長官からも指摘されている。
 この日本人の留学の阻害要因、特に大学の学生レベルを考えてみると、1つは経済的な問題。特にアメリカなどは、最近、有名私立大学の授業料がとても上がってきている。それから語学力。TOEICの点数でも、日本はアジアの中で最も低い。2011年、163カ国でTOEICの国別順位を見ると、日本は138位。また、就職活動の時期や、就職に関わる課題もある。あるいは学事暦と合わないということで、在学年限が結果として長くなってくるということに関わる問題。また、大学の留学についての支援体制が十分でない等、いくつか指摘がされている。今回の9月入学問題は、学事暦、在学年限の問題に関わってくることになる。
 特にアジア諸国等は、グローバル人材育成に対する取り組みが非常に目覚ましい。この問題は、やはり教育の質的な問題、教育に関わるシステムの問題、教える側も含めた大学の人的な多様性、社会との色々な連携の強化といったような、様々な基本問題に関わるような課題ではないかと思う。

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板東久美子・文部科学省高等教育局局長


政府のグローバル人材育成への具体的な取り組み
 先ほど有馬先生からお話があったが、日本は高等教育への公的投資に対するGDP比がOECD平均の半分だと言われている。この10年で見ても、平成12年からほとんど伸びていない。ともすれば最近はメリハリ議論になりがちで、全体の投資が少ないという点についてはなかなか政治の方でも理解されていない。まず、公的投資の部分について進めていかなければいけないと思う。
 具体的には、政府の方でも「グローバル人材育成推進会議」というものができていて、6月4日に「グローバル人材育成戦略」を取りまとめた。これが国家再生戦略会議に取り込まれる形となる。もっと中核になるような人材層を含めて、グローバル人材育成を考えていかなければいけないということが、この戦略にも書かれている。
 グローバル人材の概念についても、語学力、コミュニケーション力については、色々なレベルがある。中間まとめの段階では、バイやマルチでの折衝・交渉ができるトップ人材が想定されていたと思うが、これを層として一定数確保することは重要、しかし業務上の文書・会話レベルも相当程度仕事ができる人材も含め、分厚い厚みを考えていく必要がある。
 もちろん語学の問題に限らず、主体性・積極性、チャレンジ精神、協調性・柔軟性、責任感・使命感、異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティというものが非常に重要であると指摘されている。ここで述べるグローバル人材とは、限られたトップ層だけでなく、分厚い厚みを考えていかなければいけないということが、戦略として立てられている。
 その中で、大学教育の秋入学の問題も出ている。「日本人学生の海外留学の促進」ということで、同一年齢層の1割くらいは、20代前半までに1年以上の留学、在外経験を有する、ということを促進させていく。企業においても、採用活動の促進を図っていくということで、幅広く社会に対しても対応している。
 また「産学協同人材育成会議」というものがあり、産業界20社、大学12大学ということで、5月7日に協働してグローバル人材育成に取り組んでいこうというアクションプランを出している。この中にも、学事暦の問題等が提起されている。
 文部科学省においても、6月5日に「大学改革実行プラン」を出している。前日の国家戦略会議でも大臣がそのエッセンスを述べているが、激しく変化する社会における大学の機能を再構築していく、その柱がいくつか掲げてある。その中に、グローバル化に対応した人材育成が書かれている。
 秋入学に関しては、まずは関係大学の自発的な議論の進展を見守っていく。しかし、試験の関係、または公務員の採用等の環境整備が必要になる課題については、解決に向けての検討を進めていく。一番重要なのは、大学教育の質をしっかりと国際的にも担保していくことが、まず一丁目一番地ではないか。この問題については、「自ら考え行動する力を鍛える大学教育ができているのか」という反省に立ち、スピード感を持って進めていくことが最重要だ。
 東大が具体的に秋入学という切り口から提起している問題が、色々と関連し合い、連鎖をしていくことが、大きく期待されているのではないか。長くなって恐縮だが、グローバル人材育成に関する色々な動きの話をさせて頂いた。ご清聴ありがとうございました。

【板東久美子氏講演の要点】
・戦後、様々な形で秋入学が提起され、議論されてきた。
・グローバル化の中で、大学の国際競争力が低下している。
・東大秋入学の問題提起の波及、連鎖していく効果を政府としても期待している。
基調講演③「企業のグローバル化と秋入学」

経済同友会 副代表幹事 北山禎介氏

日本経済の成熟化とアジア新興国の台頭
 今日は企業の立場から、日本企業のグローバル化について、三井住友銀行の取り組みに触れながら話をした上で、企業がどのようにグローバル人材の育成を進めているのか、事例を踏まえて話をしたい。次に、秋入学を契機とする大学の改革について、産業界からの考えを申し上げたい。
 早速、我が国の企業を取り巻く大きな環境の変化について、おさらいをしておきたい。
 第1に、見逃すことのできない大きな環境の変化として、日本経済の成熟がある。日本の名目GDPは1990年代のバブル崩壊以降、約500兆円で横ばいである。1970年代から90年代の20年間は、GDPの平均成長率が9.4%であったのに対し、1991年から2010年までの20年間は平均0.3%と、成長ペースが著しく鈍化している。今後も人口の減少と共に少子高齢化が進行していくことが見込まれており、65歳以上の人口割合は2055年で40%を超えると試算されている。こうした変化は日本全体の貯蓄率の低下や労働人口の現象をもたらし、日本の経済成長の押し下げにつながりかねない。
 また、個人、法人の資金フローの状況にも、経済の成熟化が表れてきている。バブル崩壊以降、企業は過   剰設備や過剰負債の削減を加速させ、98年以降は資金余剰となっている。近年、政府部門が大きな資金不足になっており、企業や家計の資金が国債等で政府に流れている。
 一方、世界経済を見ると、2000代年初頭から新興国の成長率が先進国を上回っている。IMFの見通しでは、今後5年間の経済成長率についても、先進国が平均2%台半ば、新興国が平均6%台半ばと、世界経済を新興国が牽引する構図が続くと見られている。世界のGDPに占める新興国の割合が、2000年には20%であったが、2010年には34%に達しており、2020年には約46%まで上昇すると言われている。「新興国」という言葉が当てはまらない時代になるかもしれない。このような変化が一直線に続くとは思われないが、傾向としては「新興国の台頭」という大きなうねりが逆戻りすることはないだろう。
 その中でも特にアジアでは、中間所得層の増加に伴って、消費市場が急速に拡大すると見込まれている。アジアにおける中間所得層は、2000年の2.4億人から、2010年には14.6億人と、10年間で約6倍に拡大した。また、インド、中国を中心に、2020年には23億人に達するだろうという見方もある。こうした中間所得層の増加が、アジア市場でも消費を刺激し、さらにアジアの成長を加速させていくと考えられる。国内の需要縮小に見舞われている日本企業にとって、アジアの内需拡大は大きなビジネスチャンスだろう。
 今日、大学時代の同級生の薬師寺泰蔵先生がいらしているが、我々が子供の時には高度成長期で「3種の神器」というものがあった。数年前に仕事でインドネシアへ行ったが、パナソニックの現地法人の社長に「家電製品で何が売れているのか?」と聞くと、「クーラーと洗濯機だ」と答えた。洗濯機の家庭浸透率は7~8%くらいで、これからどんどん伸びていくと言っていた。今、インドネシアの一人当たりGDPが3千ドルを少し超えたくらいだが、内需の潜在力はまだこれから伸びていくと感じた。
 アジア地域内の企業の台頭も非常に顕著で、「フォーブス」の世界企業2000社にランクインするアジア企業は、日本企業を除いて、現在300社を超え、この5年で急増している。国の経済成長と有力企業数には相関が見られ、経済成長に伴い、アジア域内の地場企業がさらに拡大していくと見られている。また、アジア企業の海外拠点の設置、M&Aなどグローバル展開も加速しつつある。これに伴って、ファイナンスニーズも拡大している。これはグローバルなネットワークを有する金融機関にとって、大きなチャンスであると言える。
 この10年間で、アジアから欧米に向けた輸出は4,600億ドルから9,800億ドルと、倍以上に伸びている。こうした輸出拡大は、例えば東南アジアや日本から中間財が中国へ行って、中国で組み立てられ、輸出されるといった形で、アジア域内の貿易フローも増加させている。今後もアジアは世界貿易、投資の一大センターとして成長すると見られている。アジア域内の消費市場の拡大と、自由貿易の進展がドライバーとなる。アジアという地域に限らず、アジア太平洋、環太平洋に広がる自由貿易圏といった視点も重要になるだろう。


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北山禎介・経済同友会 副代表幹事


日本企業のグローバル化の加速
 こうした世界の流れを受けて、日本企業もグローバル化を進めてきている。過去10年間、日本の海外現地法人数は増加を続けている。10年間で海外での現地生産比率は10%から18%に上昇し、新興国を中心とした進出先の需要拡大や円高のトレンドを踏まえれば、今後この比率はさらに上昇を続けるだろう。
 また、日本企業のM&Aも、国内市場が成熟化して、国内企業同士のwin-win案件が減少する一方、企業部門の潤沢な手元資金や円高を背景に、アジアを中心に新興国市場に出ていく海外企業のIn-Out案件が増加している。日本企業のグローバル化がこうしたデータからも分かる。

グローバル化を進める三井住友銀行の取り組み
 三井住友銀行では、去年から海外業務に関する中期経営計画として、海外資本比率を30%まで引き上げる目標を掲げた。2年前は23%であったが、前3月期で26%まで上がっている。今後も目標達成に向けて進んでいる。
 新興国における拠点数増加や営業推進体制の強化、欧米の銀行に対する日本企業の相対的な競争優位のため、海外貸し出しも2011年3月末比で6兆円の増加を目指しているが、そのうちアジアで半分以上の3.5兆円を目指している。また、チャンネル戦略として、自前の拠点拡充と、現地金融機関との資本提携を組み合わせたネットワーク拡充を志向している。中国を例に取ると、2009年4月に現地法人化し、現在は15拠点ある。その他、カンボジアのプノンペンやミャンマー等にも拠点がある。
 三井住友銀行は、不良債権に苦しんだ90年代終わりから2000年初頭にかけて、業務の絞り込みが当然海外業務にも影響し、縮小を余儀なくされた。私自身も元々は国際部門出身なので、90年代後半から2000年にかけて非常に苦しかった時代があった。現在は、2つの手法でレベルアップ、巻き直しを急速に進めている。
 その1つは、海外業務の強化。海外資本比率を約3分の1まで引き上げるという目標に向けて、アジアを中心に拠点展開、人員増強を急ピッチで進めている。地場の銀行との提携を進めているが、グローバル人材の必要性はさらに高まっている。海外拠点の人数は、2001年と現在を比べると、3,500人から5,900人と大幅に増加している。特に中国では10年で5倍以上に増えている。
 もう1つは「内なる国際化」である。現在は、当然ながら中堅、中小を含めて非常に多くの企業が海外に進出したり、海外とのビジネスを持っており、それが加速化している。銀行として、こうしたお客様のニーズに対して的確に応えるには、国内のビジネスにおいても、国際的な感覚、経験、知見が必要になる。我々が若い時代には、グローバル人材は海外人材とニアリー・イコールだったが、現在では一部の人材を育てていくわけではなくて、極論すれば全ての総合職がグローバル人材として育たなければならない。

企業のグローバル人材育成のための取り組み
 次に、急激なグローバル化に対応するために、企業がどのようにグローバル人材育成に取り組んでいるか、事例を申し上げたい。グローバル人材育成に関する施策は、大きく分けると4つある。1つ目は、採用活動。「国際的な舞台で活躍したい」という意欲のある学生を1人でも多く採用するために、銀行での2年間の基礎教育期間を終えた後に、海外派遣を約束する「グローバル・コース」を新設したほか、当行の海外拠点や国際ビジネスを紹介する「グローバル・セミナー」を開催している。今年の「グローバル・コース」採用者は、400人中25人であった。
 2つ目は、語学力の強化。語学力はグローバル人材の十分条件ではないが、必要条件であることは間違いない。
 3つ目は、海外勤務経験者の拡大。海外の拠点や大学院等、様々なルートで海外に行く人を、現在は200人の規模にまで増やしている。ここまでは日本人を対象とした施策だが、4つ目は海外拠点で働くナショナル・スタッフを対象としたもので、真のグローバル企業になるに、ナショナル・スタッフの育成がポイントと考えている。
 今日は、語学力強化と外国人材の育成・登用について申し上げたい。まず、語学力だが、英会話学校への派遣を大幅に拡大しており、現在は年間1,000人にまで拡大している。従業員が参加しやすいように、英会話学校と提携して、東京本店と大阪本店の中に語学学校を出店してもらい、行員が簡単に利用できるようにしている。また、若手行員向けには、短期留学を開始している。異文化を理解する能力を身に付けるためには、実際に海外に住む必要があるということから、若手を中心に、3~4ヶ月のプログラムを組み入れている。中国語も、語学学校やe-ラーニングなどで、年間150人ほど教育している。
 また、外国人材の育成・登用だが、取り組みを2つ紹介する。1つ目は、優秀な外国人スタッフを日本に呼び、「グローバル・コーポレート・バンカーズ研修」として、色々な国籍の人に議論を交わしてもらっている。2つ目は、「日本派遣プログラム」で、若手から中堅の優秀な外国人スタッフを日本に呼んで、母国での業務パートナーとなるように、日本の各部署で長期勤務してもらうプログラムも実施している。日本本社での業務を知ってもらい、外国人スタッフのレベルアップを図り、日本との人脈やパイプを構築して、母国での業務を円滑化することを目的としている。


産業界からの秋入学への期待
 大学教育が、秋入学を契機に国際化していくことが見込まれる中で、産業界として何を期待するか、申し上げたい。グローバル人材の育成は、多くの日本企業にとって共通する重要課題である。一方で、残念ながら実際に働く人々の意識は、必ずしも海外に向いていないのが実情である。2010年の新入社員を対象とした海外勤務に対する意識調査で、「どんな国、地域でも働きたい」という海外志向の強い社員が27%存在する一方で、「海外で働きたいとは思わない」と回答した人が半分程いる。内向き志向と言われる現象が表れており、また英語力の低さも指摘できる。企業側のグローバル人材のニーズと現実との間に、大きなギャップが存在している。
 各企業で様々な取り組みが行われているが、社員それぞれが日々の業務を抱えながらグローバル人材としての要素を高めていくのは、難しい部分もある。一方で、若者の内向き志向が強まっている昨今の状況下では、国際的な舞台で活躍したいという若者の獲得競争も激化する。様々な企業で、グローバル人材を育成すべく、相応のコストをかけた戦いが行われていると思われるが、従来の取り組みに限界を感じているケースも多いのではないか。やはり企業側から見れば、グローバル人材に必要な要素を備えた人材が、大学から安定的に採用できる環境が望ましい。
 濱田先生は、秋入学の最終目標は、よりグローバルな、よりタフな学生を作り上げることと言われていた。これは産業界の目指すベクトルと一致している。そのためには企業と大学の共同・連携が不可欠であろう。グローバル人材育成のために、企業や大学で取り組むべきアクションを進めていきたい。例えば、企業人材の講師派遣、インターンシップ、留学経験者の採用、外国人学生を対象としたセミナー等、企業側も積極的に取り組むことがある。
 少子高齢化が進展して国内マーケットの縮小が見込まれる中、資源のない日本が国際競争力を発揮するには、人材が大きな要素となる。秋入学を抜本的な社会改革につなげられるかどうか、機運が非常に高まっている。日本全体が一体となった取り組みを、社会全体で実行できるか、ラストチャンスに近い状態に置かれているのではないか。我々産業界としても頑張っていきたいと思うので、力を合わせて着実に、スピード感を持って実行していきたい。ご清聴ありがとうございました。

【北山禎介氏講演の要点】
・台頭するアジア新興国の市場を狙った日本企業のグローバル化が加速している。
・グローバル人材の育成と獲得が、企業の大きな課題。
・企業がグローバル人材を安定的に獲得できるようにするためには、大学との連携がカギとなる。
基調講演④「日本人の国際競争力」 

参議院議員川口順子氏

日本人の国際競争力強化がすべての根幹
 結論から先に言うと、私は秋入学に大賛成である。濱田先生の危機感を強く共有している。是非「○○年までに達成する」という目標を作って頂いて、濱田先生がその目標を掲げて進むことが困難だと思われるなら、日本MOT振興協会に応援団を組織して頂いて、政界、産業界、文科省、学界も、「○○年に向かってやるべきことをやる」というアクションプランを作ることが大事ではないか。
 日本人の国際競争力を強めるということが、すべての根幹であるということについて、私は強い思い入れを持っている。私は16歳の時に高校の留学プログラムがあり、1年アメリカに行った。大学の時にもアメリカに1年間、大学院で2年間イエール大学で経済学を学んだ。その後世銀でも仕事をしたが、そのような経験を通して、日本という国家に守られた中で仕事をするのではなく、1人の日本人、あるいは個人として外国に行った時、いかに自分に競争力がないかということを痛感したし、それ以来ずっと日本人の国際競争力を付けることが何よりも大事だと思っている。特に外務大臣の頃、あるいはそれ以降、国際機関に日本人の長を増やす、あるいは国際機関の人材に日本人を入れていくことがいかに困難になっているかを体験し、ますます日本人の国際競争力が大事だと思っている。

世界に雄飛する日本人シェフ達との出会い
 昔のことになるが、私は2年間ほどワシントンの日本大使館で公使を務めていた。その時、近くにリッツカールトンというホテルがあり、その中のレストランが好きだったが、メニューを見ると椎茸や生姜など、その頃のアメリカでは見なかった食材が出てくる。ある時ウエイターに聞くと、「日本人のシェフが作っている」と言われた。もう1つ、アフリカの東海岸、インド洋に、モーリシャスという島がある。そこで小さなレストランに入ると、何とミソスープと魚の海草詰めというメニューが出てきたので、注文してみた。出てきた料理は日本料理とはかけ離れたものであったが、聞くと、前にいた日本人が残していったメニューを出しているとのことだった。
 それで思ったのだが、このような日本のシェフは、日本で働いていても有能なシェフだったと思う。その技術を持って海外に行って、海外で西洋料理と日本技術を融合させて新しい料理を作り出した。その意味で、世界を拠点に影響を与えたし、今も例えばロンドンやニューヨーク等に日本人がやっている有名レストランがある。彼らは技術を持って世界に雄飛して、活躍している。グローバル化の先陣を行く人達だと思う。
 情報技術の発展とともにグローバル化は避けて通れない。原発事故が世界的に影響を与えたし、アメリカが航空機を福島まで飛ばして放射線のチェックをして、エネルギー省のホームページに掲載するような時代である。
 自分の行動が、意識しなくてもインターネット等を使えば、知らないうちに世界に受け止められている、それが当然のように起こっている時代だと思う。企業も世界を相手に供給をする時代だし、消費者も、買おうと思えば世界中の商品を通販で、好きな物を好きな時に変える時代。選ぼうと選ぶまいと、我々の生活や仕事の場は国際化してしまっている。道具を操れる、すなわち英語や情報技術を身に付けていれば、グローバル化した時代に、才覚さえあれば生きていけるということだろう。


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川口順子・参議院議員


世界で活躍する日本人の素質
 「日本人が内向きになっている」という話も最近ある。世界経済フォーラムのダボス会議が毎年行われているが、そこが2005年から40歳未満の若者を世界中から集めてダボス会議ジュニア版を開催している。
 私は世界経済フォーラムの理事をしており、若いリーダーの人達と会う機会があるが、大変優れた人々である。実は日本の若者たちが無名かと言うと、決してそうではなく、様々な活躍をしている。世界のためになるアクションをしていこうと掲げているが、日本の若者の作り出した「Table for Two」というアクションがある。これは、先進国で消費された食事から20円がアフリカなどの給食に活用されるというものだが、ヤング・グローバル・リーダーのプロジェクトの中で最も有名なものだと思う。
 20代の若者をダボス会議に招いて交流させる「グローバル・シェイパーズ」というプログラムを始めた。このプログラムでも、当初は東京と大阪で選択された人の数が一番多かった。その数人と私は会ったが、本当に凄い。29歳で心臓外科の手術のための練習モジュールを作って開発して、企業化し、世界中に広めている人がいる。もう1人は慶應の大学院生だったが、インターネットを利用したクラウド・ファンディングを開発しており、日本の将来は大変素晴らしいと思った。
 今回、世界で日本の若者がどれくらい、内向きにならず頑張っているかという資料を用意した。例えば国際技能オリンピックや国際科学オリンピックでの日本の金メダルの数を見ても、日本の若者が第一線にいることが分かる。また、国外リーグに所属する日本人サッカー選手の数。これは本田や香川といった有名な選手だけでなく、なんとアジア、アフリカ、北中米、南米、ヨーロッパ等色々な国に、合計188人、延べ389人の若者が出て行って、技能を争っていることが分かる。日本の若者はなかなか捨てたものではない。
 彼らにどういう共通点があるのかを考えてみた。自分なりに観察すると、3つほどの共通点がある。1つは、視野が世界にあり、日本と世界で違うことがあれば、それを双方向で翻訳して、自分の中で会わせる、他国文化への理解や、日本と世界を結び合わせる力を持っている。2つ目は、他の社会に日本の技能を理解させることができるということは、日本で何ができて、何ができないか、相手のロジックに合わせて、分かりやすく相違を説明できる。3つ目は、他の社会の規律に合わせて自分を動かすことができる。
 外に出て活躍している若者が、なぜそのような資質を身に付けたのかを考えてみたい。それは、大学が持つべき機能として期待されていることとつながるところがあると思う。1つは、スポーツ選手を考えて頂くと分かりやすいが、自分の競争相手がどこにいる誰だということが良く分かっている。人の動きが分かれば、自分はそれに合わせて、彼らを超えるための行動を取れる。もう1つは、自分の選択でキャリアアップすることができる。

学生に「競争相手」をはっきりと示すことが重要
 特に「自分の競争相手が誰か」というイメージをはっきり学生に持たせるということは、日本の大学がこれまでやってこなかった。しかし、グローバルな社会で競争していく、勝負をするのであれば、学生に対して「あなたの実力はこの位で、どの位の実力を目指さないと目標に達成できない」ということを見せなければいけないし、そのような指導を大学はしなければならない。特に、英語力は非常に大事な技能である。語学を身に付けさせるには、かなりの努力を国としても示さなければいけない。
 それから、競争相手を示すという意味では、大学間での単位の互換性を持たせて、学生に他の大学を見せ、客観的に自分の実力を見せることは大事なことだと思う。もう1つ、キャリアについて、自分で選択できるような情報とチャンスを与えていくということについても、大学は今まであまり関心がなかったのではないか。就職課で就職指導をする、あるいは国際交流課で留学の指導をする程度のことであり、例えばイギリスのサリー大学がやっているような、海外を含めたインターンシップ機会の提供を、先生だけが頑張るのではなく、大学全体、事務局としてもやっていかなければいけないと思う。
 イエール大学の学長に、かつてのクラスメイトのニック・レビンという人がおり、彼は今、イエール大学の学生をイギリスと中国に出し、勉強や議論をさせている。「進歩は外から来る」というセリフは、かつて駐日スイス大使が私に言ったことだが、そういう面がある。
 グローバル社会においては外を見なければダメ。国内でもよそを見なければダメ。客観的に外を見なければいけないという意味で、非常に大事だと思う。ギャップ・タームは、インターンシップとか海外に行くとか、切磋琢磨する機会を持つために非常に大事だと思う。
 冒頭で、濱田先生の危機感を共有すると申したが、考えてみれば、これほど問題を大きくしなければ秋入学の導入ができない、ということ自体が、日本社会の抱える問題を表しているのだろうと思う。かつて1972年にアジア経済危機の際、韓国の学生が、自分達の就職先がなくなって大変だと言った時に、韓国のある先生は、「そんなことはない、君たちの舞台は世界だ」と言ったという話を聞いて、いたく感心した。日本もそういうことでなければいけないと思う。
 大学間での教育の質の差ができるとか、色々な問題はあるのだと思うが、そういうことは考えてみれば当然であるし、入口のところの共通一次ではなく、卒業時に共通審査をやれば、それで全部済む話であると思う。
 東大は力のある大学だと思うので、是非遠慮しないでどんどん進めて頂いて、そうすれば企業も国家試験も皆付いてくるのではないかと思っているし、応援をさせて頂きたい。ご清聴ありがとうございました。

【川口順子氏講演の要点】
・世界で活躍する日本人の若者たちは確かにいる。
・グローバルに活躍するためには、訓練が必要。
・学生に、競争相手が世界中にいることを示すことが重要。
・秋入学導入は、年次目標を定めて進めていくことが必要。
パネル討論 「東大秋入学の実践と社会改革」
パネリスト講演① 林芳正参議院議員

GNIの最大化を軸に、産業投資立国を目指す
 第1回のフォーラムの時にも話をしたかも知れないが、やはり教育でどういう人材が必要かと考える時に、全体としてどういう国を目指していくのかを議論して、「こういう方向に行く、だからこういう人材が必要になる」という視点が必要ではないかと思っている。
 読み書きそろばんはどうあっても必要なスキルだが、今後は基礎教育の後にどういう教育をし、どういう人材を作っていくのか、そのための目標は1つなのかということも含めて、議論する必要があると思っている。
 最近は、中長期的な経済の成長戦略を考える時に、「GDPからGNIへ」と申し上げている。GDPというのは国内総生産という概念で、国内でどうやってモノを作るか、これをマキシマイズする。GNIは国民総所得、日本人が国内外でどうやって稼ぐかという数字であり、統計上はGDPに配当や利子、支払いといった所得収支といわれるものを足した数である。分かりやすく言えば、トヨタが名古屋で車を作って、国内で売ったりアメリカに輸出するのはGDPに入るが、ケンタッキーに工場を移して、現地で作って現地で売ると、GDPから外れる。これは日本経済の力と何の関係もないことかというと、そうでもない。現地の子会社が車を作って売って儲けた配当、貸したお金の利子をGDPに足していく。このGNIを大きな目標として、最大化する。
 その場合、日本は産業投資立国として、マザー工場、すなわちデザイン、設計、プロトタイプ製作、量産までの実験をする。量産化ができた後の工程を、市場に近いインドネシア、中国、インド等で進めていく。こういう産業投資立国というものを目指していく必要性が出てくる。
 そういうことを前提にして考えると、やはりフロンティア・スピリッツ、すなわちベトナムに一人で出かけて行って、パートナーを見つけて、全く何もない状況から工場の立ち上げをする、という能力が必要になってくる。デザイン、設計といった、教科書に書いてある通りに問題を解くよりも、白紙の画用紙に新しいものを描く能力が、より貴重になってくる。

目指す人材、欲しい人材のモデルを明確にする
 今日は私の事務所にいるインターン生も参加しているが、学生時代から色々な所にインターンに行って、「自分はこういう仕事をしたい」という職業意識を早くから実感として持ってもらう。ギャップ・タームが出てくれば、その半年間をどう過ごすかということになる。世界放浪の旅に出ても良いし、国際機関でイン  ターンをしても良いが、これを進めていって、中途採用と新卒採用という仕切りをだんだんなくしていく。そして4月の一括採用もなくしていく。日本人と外国人もほとんど関係ない。男女も関係ない。会社は「こういうスキルを持っているからこの人を取る」、「こういう人材を取って、こういうビジネスモデルを取る」という目標を明確にする。この目標は必ずしも1つである必要はなく、産業投資立国の中で海外戦略を展開していく企業と、介護、レストラン、農業を独自産業化するサービス業で国内を目指す企業で、違った人材が必要になることを考えれば、色々な人材が必要となる。
 例えば専門学校をきちんと学位として位置付けて、国際的に標準化していく。昨今は大学を卒業してもなかなか就職できず、もう一度専門学校に行くと就職できるという逆転現象もあると聞く。MOT、MBAもそうだし、新しくMOSも出てきそうだという話も聞くが、中学校までに基礎的な学力を付けた後は色々な道があるということを、制度として活用していくことで、GNIを最大化する方向にマッチした人材を作っていく。
 今までは「こういう人材を作る」というモデルがある程度はっきりしていたが、「こういう人材が欲しい」というニーズは次々に変わってくる。専門学校はビビッドに反応していて、最近はIT関係の専門学校に行く人よりも、介護関係に行く人が多くなっている。世の中の実情がものすごく反映されているので、大学にもこういう部分が必要になってくるのではないかと考えている。

パネリスト講演② 藤末健三参議院議員

日本の大学のランキングを上げることが最重要
 私は前回大学ランキングの話をさせて頂いたが、今日も、秋入学に絡めて大学ランキングの話をさせて頂く。
 タイムズ誌が出しているHigher Education Rankingでは、上位はほとんど英米の大学になっている。2011年ランキングを見ると、アジアでは東大が1番で30位。これで本当に良いのか。200位以内に入った日本の大学は5大学。旧帝大プラス東工大。私は東工大出身であるが、東工大の108位は高いかどうかと言うと、はっきり言って高くない。
ランキングの内訳は、教育、産学連携、論文引用、研究、国際。特に研究、教育、論文引用が9割を占めている。教育についても、その半分は研究者の数、学生当たりの教員数。論文については明確に引用数だが、英語で論文を書かなければカウントされない。
前回のフォーラムが終了した後、すぐに文科省に来てもらい、何とか論文の英訳ができないかという話をしたところ、すでに予算があり、それを増やそうという話になり、また、文科系の論文を促進する制度を作ろうという話も出ているので、少しずつ動き出すのではないか。
 韓国に浦項工科大学(ポステック)という学校があり、意外と知られていないが、この大学は2010年のランキングで28位。2011年も53位で、韓国で1番ランクが高い。歴史は古くなく、1986年創立。ポスコという製鉄会社の会長が作った。日本でもポステックのような大学を作らなければいけないと思う。やはりランキングを見ていると、少なくとも工科系大学の方がランキング的には高くなりやすい。東工大も50位以内に入らなければいけない。ポステックは、産学連携が100点満点。論文引用が90点くらい。この2つでランクを上げている。教育や研究を見てもそれほどスコアは高くない。噂によると、ポステックはお互いに引用し合っているという話もある。それくらいの根性を持ってランクを上げなければいけない。これは馬鹿に出来ない。国際学会などに行くと、日本の大学はほとんど知られていない。私の経験では、東大を知っているのはアジア人だけ。ランキングに反映されるようなことをしなければいけないのではないか。
 ただ、色々なランキングがあり、別のランキングのreputation、名声だけで見ると、東大その他の日本の大学は高い。つまり研究は高評価だが、他の論文引用や教育、産学連携で評価を落としているのが、わが国の実情だ。

人口減、少子高齢化の時代、「知恵」で外貨を稼ぐ
 人口ピラミッドを見て頂きたい。1930年〜2050年の人口分布を図にしたもの。簡単に言うと、これからの日本は子供達がいなくなるし、稼ぐ人達がいなくなる。10年後、20年後の人口ピラミッドの中でどのような大学を作るか、考えていかなければいけない。これから子供は増えない中でわが国の大学がどうしていくかという時に、国際化していくしか道はない。全ての大学を国際化することは無理なので、少なくとも上位5大学を徹底的に伸ばすという時代に来ていると思う。
 私は「原発再稼働」とずっと言い続けているが、日本は食糧を4~6兆円輸入している。石化燃料、原料の輸入が20兆円。医薬品が1兆円、医療機器が5千億円。30兆円ないと何が起きるかというと、この国は、電気が付かない、ご飯が食べられない、病院に行けない。これがこの国の基本。よく「原発を止めても大丈夫、TPPはいらない」と言うが、それではどうやって外貨を稼ぐのか。原発を止めると、エネルギー輸入が3兆円増える。その中で外貨を稼ぐ分野は「知恵」の部分しかない。
 人口が減っていく時に、教育面では国際化していくしかない。そして我々がどうやって食べていくかという時に、エネルギーも資源もない我が国には「知恵」しかない。その知恵を作るのは大学であるという結論をもって、スピーチに代えさせて頂く。

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左から、林芳正参議院議員、藤末健三参議院議員、川口順子参議院議員


濱田氏:改めて、自分が抱えていた危機感は間違いではなかったという思いを持たせて頂いた。これ以上議論するよりも、安西先生がおっしゃった通り、何を実践していくか、何を見せていくか、それを考えなければいけない時期だと思う。秋入学については、アクションプランをしっかり立てることが、目先の課題だと思っている。

板東氏:先ほど藤末先生の方からランキングのご指摘があったが、日本の大学は国際化の点が低いということで、今日話題になっているようなテーマで努力をしていくことが、ランキングを上げる1番の早道だと思っている。
 特に今年は「大学改革実行プラン」の改革始動ということで、来年、再来年を含めて、これから3年間が非常に重要な時期だと思っている。その3年間の中に、9月入学の先導的な環境整備も入るかと思うが、出来る限りのことを色々なプレーヤーと一緒に、とにかく実践に移していかなければいけない。議論は尽くされているのではないかと思っている。皆様と一緒に努力していきたい。

北山氏:経済同友会で教育問題委員会の委員長をして4年目になるが、色々な改革プランや答申や提言はだいぶ前から出ている。早くPDCAサイクルに乗せるべきだが、Pは良いのだが、DとCが動かない。どんどん世の中が進んでいるので、我々も共に力を携えてやっていきたい。
 私は支店長でバンコクにおり、今はタイで最大のシンクタンクの役員をしているが、タイもやはり少子高齢化が日本に10年遅れて見えているので、その対策と教育の質向上を徹底的に始めている。どの国も似たような課題を多かれ少なかれ抱えているので、日本が改革の例を示していかなければいけない。今は日本が殻を打ち破る、最後のチャンスだと思うので、頑張っていきたい。

安西氏:ありがとうございました。とにかく大学の先生方と議論をしていると、それで改革が済んだと思う人が多い。議論を何度したか分からない。このフォーラムでは、第1回から「実践」を看板としていくということで、有馬先生が社会科学の国際化をしろと言い、それに対して藤末先生の方で、予算化を考えて頂いた。
 私のいる日本学術振興会は、社会科学のファンディングをしている唯一の国家機関だが、そこでも社会科学の国際化に関するファンディングを増やす予定である。

伊賀氏(東工大):東工大も濱田先生の秋入学に賛同する数少ない大学だが、やはり改革という視点で捉えることが大事。東工大も、秋に正規の授業を開始するという方向で考えている。これは大多数の欧米、アジアの国々と学事暦を揃えることが一番大きな意味だと思う。全世界とのマッチングが一番重要である。
 「3~4年先に、東工大の学生の競争相手はMITや中国の清華大の卒業生となる。凄まじい実力を持つ彼らと英語で就職を競争することになる。東工大がそれに対する教育をしていないというのは、学生に対して申し訳ない。責任を持って環境を作り上げなければいけない」と言っている。
 濱田先生に申し上げたいのは、飛び入学などを持ち出すので混乱するので、ギャップ・タームを導入するのであれば、ぶらさないで欲しい。高校までの学事暦をずらしてしまうと、もの凄いエネルギーを使って作り上げたギャップ・タームが無意味になってしまう。
 私は個人的には、小中高も全て秋入学にすると良いと思う。半年遅らせるのではなく、半年早く入学させて、生産人口を増やさなければ日本は持たない。東工大は東大より1年先に秋入学をやると言っており、次期学長も多いに賛同しているので、よろしくお願いします。

濱田氏:東工大に負けないように頑張っていきたい。私は「タフな学生を作りたい」と申し上げてきたので、ギャップ・タームは是非とも欲しい。思い切った、遠回りに見えるが無駄ではない時間を作ることで、多様な鍛え方ができる、そういう機会を作っていきたい。

藤末氏:板東局長にお願いだが、大学の国際ランキングの順位が上がると交付金を増やすなど出来ないだろうか。文科省ができなければ政治から提案する。

林氏:大学関係者には耳の痛い話だと思うが、学校にお金を出すのではなく、学生に奨学金を出し、選んでもらう。大学は、入学金や授業料で回っていくということにして、ニーズを反映させる。もう少し資源配分において、学生側、すなわち大学を選ぶ側に自主性を与えることがあっても良いのではないか。
 藤末先生のおっしゃったランキングと交付金をリンクさせる場合は、誰がこのランキングを作っているのかということと、どういう配点でランキングが行われているのかという点をよく見ないと、なかなか難しい部分はある。
 私立大学と国立大学のバランスをどう取るのか。私はハーバード大学のアジアセンターの理事をしているが、寄付で予算がほとんど賄われる。どうやってファイナンスするかという点をもう少し考えて、予算と人事をどれだけ集中できるかという点を具体論で進めていけると面白い。

板東氏:今のご指摘は応援のメッセージだと受け止めているが、色々な指標の中で、わが国の大学で伸ばさなければいけないところを、もう少し応援しなければいけない。特にリサーチ・ユニバーシティを見てみると、日本は非常に層が薄いし、ランクが下がりつつある。リサーチ・ユニバーシティのレベルの高さと層の厚さを梃子入れしなければいけない。また、日本の強みを伸ばす形で、研究資金の拡充を、来年度の予算改正に向けて検討している。
 しかし、それだけではなくて、やはり地方を支える大学や、分厚い中間層を支える大学を、良質な教育によって生み出していく取り組みが重要なので、機能別取り組みに合わせた評価指標の開発をしていかなければいけない。それぞれの目的の強みに応じた、メリハリを付けた資源配分のあり方を強めていく必要がある。
ただ、全体として、余りに基盤的な経費が少ないというのは、国立大学も私立大学もそうだろうし、厚みを増す方の話も併せてご支援頂ければありがたい。

林氏:分厚い中間層をつくるための、地方を含めた大学というところで、製造業では工場が外へ出ていくと、分厚い中間層はどのような仕事をすることになるのか、考えていかないと難しい。大学というものを、分厚いえて中間層を作るためのコミュニティ・カレッジと、付 加価値の高い研究・教育の場にしていく。そのための議論をしていく必要がある。

安西副会長(座長):先ほど川口先生のお話に出てきたイエール大学のレビン学長が書いたエッセイの中に、日本、韓国、中国が大学で出している人材は、mid-line engineerとmid-level government official、つまり素直に言われたことをやる人材で、やはりイノベーターの方へ変えていかなければいけないとあった。やはり分厚い中間層に関しても、イノベーションの方向へ大学教育が行かないと、日本全体として立ちゆかないのではないか。

有馬会長:今日は議員の方が3人おられて、文科省にもお礼を申し上げたいことがある。それは平成元年において、科研費は全国で530億円しかなかった。日立が1社で研究開発に4,000億円使っていた時代に、大学が国公私立全部含めて530億円しか使えなかった。何とか科研費を上げて欲しいと大運動をした結果、ずいぶん上がった。今は2,360億円くらい。このことによって驚くべき変化があった。科研費が上がり、科学技術基本計画によって、5カ年に17兆円、24兆円と上がっていったことによって、外部資金が大学に非常に入るようになった。国立、私立も大変潤うようになった。
 しかし、大きな問題は、教養を潰してしまったこと。私は断然反対したので、東大だけは教養学部を残した。その頃は18歳人口が205万人いたが、目に見えてそれが減ることは分かっていた。各大学が18歳人口が減ったからと言って学生定員を減らすはずはないので、必ず進学率が増える。平成元年は同世代の4人に1人が大学に入っていたが、今は2人に1人。その時に何が起こるかというと、教養の低下だ。
 アメリカの大学の良さは、リベラルアーツ&サイエンスを徹底的に教える。そのことによって大学に入ると俄然学力が増える。そのことによってアメリカのインテリの強さがある。だから教養教育を徹底的に復活させなければいけない。
 第2語学も壊滅している。英語しか教えないから、ドイツ語もフランス語も先生が少なくなった。先生が増えたのは中国語と英語だけ。非常に心配。これをやはり、教育費を増やして、教養教育をもう一度考え直す。そして国際化のために、外国人の先生を4分の1でも良いから入れる。今は10分の1もいない。何とかして外国人の先生を入れて頂きたい。そうすれば必ず日本の大学は国際力が上がるし、ランキングも圧倒的に上がる。

白井克彦氏(放送大学学園):東大の秋入学について、私はあまり意見を言ったことはないが、私はやはり意義があると思う。ただ、日本中の大学が一気に秋入学に変えるのは非現実的。それぞれの大学が色々な選択をすることで良いと思う。
 ただ、東大が秋入学を提案したということは、やはり意義がある。要するに、最高水準の大学を作らければ、外国人は来ない。日本人だけでどれだけ頑張っても、多様性が足りない。世界中の最高レベルの人達が集まって初めて世界一流の大学となる。そのためには、やはり秋入学以外にない。「最高水準の教育をする大学を作る」ということを、東大は宣言されたのだと思う。その意味で、これは非常に高く評価されると思うし、追随する大学があって当たり前だろう。もし世界のトップレベルの学生を確保したいというのなら、準備をすべき。その代わり、お金はかかる。色々な所が協力をしなければいけない。その点から言っても東大でないと難しいと思う。
 早稲田大学はもう少し現実的な選択をしている。現在も実際に、秋入学で何千名と入ってくる。学部長会議で決定していることだが、今後は年を4回に区切り、夏学期も授業を行うクォーター制になる。校舎を余らせる必要はない。そのくらい私学は経営に徹底しようという話になっている。夏学期を作ると、アメリカからでも学生がたくさん来る。日本は最高水準とは言えないまでも、世界から学生が集まってくる。
 日本が教育にお金をかけていないというのは、全くその通りだ。国立大学には学生1人当たり190万円のお金が投じられていて、私学はわずか10数万円。国立大学の学生1人当たり200万円というお金は、本当は研究をしっかり進めるためのもの。その区別は、世の中でほとんど理解されていない。
 ランキングで見るほど日本の研究は悪くない。確かに英語で論文を書かない等、色々と問題はあるが。ただ、世の中との整合性であるとか、社会が要求するような研究の方向性とかについて、本当に敏感なのかと問われると、案外やっても仕方ないような研究もある。その点は大学も気を付けなければいけない。
トップ大学の話と、中間層の問題は、日本にとって非常に重要。日本がこれだけ中間層の充実した社会を作ってきて、今それが壊れようとしている、福祉で分配すれば良いという政策は破たんすると思う。いくらお金を使っても無理。ということは、教育レベルを上げる必要がある。教育レベルをきっちり上げていかないと、これまで日本が作ってきた社会が徹底的に破壊される。難しいかもしれないが、頑張っていかなければならない。私学側はそう考えている。

安西副会長(座長):日本の高等教育予算は、有馬会長が言われた通りGDP比0.5%、私費負担が0.5%でちょうど1%。アメリカは国の負担が1%で、さらにそこに私費負担と寄付が積まれている状態。それで教育の競争をしようとしても、支援の体制が違う。
 今日して頂いている話は、日本の高等教育の問題だけではなく、日本の根っこの、これからの大事な問題だと思う。是非ご理解頂いて、自分がどういう風にこの問題に関わっていくか、考えて頂ければと思う。

板東氏: 大学のことを考えた時、わが国においてはどうしても18歳人口のことだけ、あるいは国内の話だけになる。少子化の中で、国際的に学生を獲得することを考えなければいけないという話が出たが、もう1つ、やはり人生の色々な時期に大学へ行くという議論が、わが国ではあまりにも少ない。欧米や韓国の大学で進学率が高いのは、かなりの部分社会人の学習が含まれている。わが国の大学がそれだけの広がり、構造になっていかなければいけない。教育は社会に出るまでで終わりということはあり得ない。

安西副会長(座長):日本の大学の学部の社会人学生は2~3%。それに対してOECD加盟国の平均は20%。2%と20%の違いは、社会の仕組みの違い。
秋入学の問題を中心として、大学が変わっていかなければいけない、特にグローバル化の急速な波の中で危機感を持って進めていかなければいけないということは、共有されたと思う。このような場で色々な角度からの話を共有できるのは、非常に素晴らしいことだと思う。国家財政の問題の中で難しいこともあるが、大学が変わっていくということは、日本が変わっていくということを再認識して、皆で一緒に進めていければと思う。
 スピーカーの皆様、有馬会長、フロアの皆様に厚く御礼申し上げて、このフォーラムを終わりとさせて頂く。本当にありがとうございました。

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