一般社団法人日本MOT振興協会

MOT入門講座

第1回 MOT特別講座(平成23年6月30日(木))

 講師に石井威望東京大学名誉教授を迎えて2011年6月30日午後、東京・神田の學士會館で「第1回MOT特別講座」を開催した。石井名誉教授は、メディア経営戦略論の最高権威であり、この1、2年の間に、アイフォン、クラウドコンピューティング、タブレット端末、ツイッター、スマートフォン、フェースブック、アイパッド2など高機能の革命的メディアが一斉に登場し、世界と日本を構造的に一変し始めている。
 「新メディア革命と東日本大震災後の経営戦略」との演題で、講演した。今回の特別講座の圧巻であり、参加者の最大の関心を集めたのは、iPad2を使って、会場内の空中を、電池によるヘリコプターを飛ばし、正面の巨大スクリーンにヘリコプターが撮影する映像を映し出す実験だった。低価格で、これから多様な実用化が期待される。
 「21世紀はユーザー・イノベーションの時代であり、大きなチャンスが到来する。集中から分散に転換し、通信の高度化はますます促進する」と石井名誉教授は強調し、自動車のネットワーク端末化、首都機能の分散化、急接近する超高齢社会を例に説明した。最早や、新メディアの駆使なくして、経営はできない。石井名誉教授の提唱は、各界トップリーグ一層に大きな影響を与えよう。
 なお、冒頭に協会を代表して、鶴田卓彦最高顧問が挨拶し、司会は、橋田忠明専務理事が担当した。

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iPad2を使って新メディア革命のプレゼンを進める石井氏

【講師略歴】石井 威望(いしい・たけもち)氏
1954年東京大学医学部医学科卒業。
55年医師免許取得、同大学工学部学士入学。
57年同大学工学部機械工学科卒業、通商産業省重工業局入省。
63年東京大学大学院博士課程修了、工学博士、同大学工学部専任講師。
64年同助教授。
73年東京大学工学部教授。
88年東京女子医科大学客員教授兼任。
91年東京大学名誉教授、慶應義塾大学環境情報学部教授、東京電力褐レ問、且O菱総合研究所理事、新日本製鉄褐レ問。
92年褐エ子力安全システム研究所最高顧問。
99年慶應義塾大学客員教授。
2000年住友生命保険相互会社社外監査役、東京海上火災保険褐レ問、(社)学士会評議員(現在に至る)。
01年鞄結條C上研究所理事長兼代表取締役会長、05年同研究顧問。
04年劾TTドコモ・モバイル社会研究所所長。07年鹿島建設褐レ問。
政府の郵政審議会会長、国土審議会会長、総務省IT推進有識者会議座長、IT戦略会議委員、臨時教育審議会委員、中央教育審議会委員、産業構造審議会委員、経済審議会委員、東京都顧問、首都機能移転審議会委員、厚生科学審議会委員など多くの公職を務める。
専門はシステム工学。
講師からのMOTメッセージ
21世紀開幕にふさわしい新メディア革命
・日本の情報インフラは、世界で最も安く、高速。
・メディア革命はクラウドコンピューティングが軸。
・タブレット端末、iPad2が、本日のキーワード。
・動画を送るのが昔は高価だったが、今は、端末から動画を安価に送信できる。
・将来、自動車はネットワークの情報端末という予言もある。日本に有利であり、注目が集まっている。
・地震センサーをネットワークに接続し、ライブで事務所の今の揺れを遠隔から見ることができる。
・ユーザーがイノベーションを起こす。ユーザー・イノベーションは21世紀の新しい活力となる。
・集中から分散が、通信のモバイル化とクラウド化で。
・クラウドコンピューティングを使って高齢者の脳を活性化し、社会に新しい活力が湧き出て、アクティビティが上がる。
MOT特別講座(第1回)           講師:石井威望氏(東京大学名誉教授)

「新メディア革命と東日本大震災後の経営戦略」

 MOT特別講座の第1回の講師にご指名頂きまして大変光栄に思う。始めに現在、東日本大震災の沢山の犠牲者、被災をして、色々困難な状態にある方々に、心から、お悔やみと、御見舞いを申し上げたい。

日本は、世界で最も安く、高速なインフラを持つ

 まず第1に21世紀に入ってからの特色であるモバイル化(例えば携帯電話)を強調したい。もう1つは、ブロードバンドサービスの、大規模な通信キャリアが生まれている。
 2000年を迎えた時点では、日本は通信面で大変遅れていて、IT戦略会議が総理直轄で設立され、5年以内に世界のトップレベルの情報インフラを作ると宣言した。この目標は3年くらいで実現した。
 アメリカは先行していたが故に、かえって古い設備も沢山あった。我が国は後から始めたこともあって、現在、世界で最も安くて高性能の情報インフラが、2005年以降でき上がっている。問題はこれをいかに活用するかの経営戦略が望まれている。
 以上のことを前提に、目下進行中の「新メディア革命」について話をしたい。

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「戦後という言葉があるが、最近は『災後』という言葉をよく使う。
文字通り災後のMOTの話をする」と石井氏。

「新メディア革命」はクラウドコンピューティングが軸

 日本経済新聞をはじめとして、毎日クラウドコンピューティングの話題が載っている。2006年にグーグルのCEOエリック・シュミット氏が、初めて言ったが、本格化したのは、この2、3年である。例えばグーグルはもちろん、アマゾン・ドットコム(書籍のネット販売会社)が、今はもっぱらクラウドコンピューティングで稼ぐ会社になった。アップルなども参入。日本でも、大企業が続々クラウドコンピューティングエリアに進出をしている。

タブレット端末iPad2が、本日のキーワード

 今、スクリーンの映像は、iPad2から出している。iPad2のタッチパネルを指で操作することで、画面操作ができる。このプロジェクターはクラッシックだが、出す内容も、通信関係もクラウドでつながっている。

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iPad2から出された映像で新メディア革命のプレゼン


 iPad2がない20世紀型のITは、何か急に色あせて見えてきた。  初代のiPadは、2010年に出た。日本が震災の2011年3月に米国では、iPad2の販売が始まった。同時にiPhoneも、携帯も使っているが、iPad2が主要な端末になった。タブレット端末「iPad2」が、本日のキーワードである。
 他にもスマートフォンと呼ばれているiPhoneが2007年から販売されている。現在iPhone4が中心になっているが、この秋にはiPhone5が出る。次々に新型になり、去年のレベルでは話にならない感じだ。
 世界中(もちろんアジアを含めて)、日本の自動車産業の動きに皆の興味が集まっている。それに対応するデバイス&ソフトウェア、新型のサービスソフトウェア、特にソーシャルネットワーク(SNS)などの発展は広範囲に及ぶ。
 ツイッターなどは、今度の東日本大震災で大活躍をした。他の通信手段がすべて駄目になった時、役に立っている。地震発生直後からすぐに動き出した。フェイスブックなども、確実にものすごく大きなウェートを占めている。これらの新しいソフトウェアもハードウェアもクラウドコンピューティングを前提にしており、新メディア革命と言われる21世紀型の象徴的存在である。言葉だけ、文字だけでは分かりにくいので、実物のデモでお見せしたい。

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「新メディア革命」について講演中の石井威望東京大学名誉教授(中央)、(左隣は
受講中の柘植綾夫芝浦工業大学学長、右隣はアシスタントの講師秘書・福長昭子氏 )


 日本の携帯電話は、ガラパゴス的と言われるほど進化した。例えば、ドコモのFOMAなどは、急速に高機能化していった。愛知万博に持って行って、万博会場から盛んに動画を送る実験をしたら、後で通信料の請求が何十万円もきた。実用的にはこの経費では無理だった。
 その点が最近は安くなった。定額制になって月に数千円程払えば、いくらでも使ってよいということになって、クラウドなども誰でもiPad2を気軽に使えるようになり、クラウドコンピューティング中心の革命的変化が実現した。

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学生に2人来てもらい、今撮っているのが、画面に出ている。「これもこの2〜3年で起こった、
大変な、文字通り新メディア革命である」と石井氏が報告、iPhoneで撮影して動画を送信。


iPad端末のヘリコプターから動画を送ってくる

 iPadを使って動かすモバイル機材の実験として、最近私自身が研究しているテーマに、模型ヘリコプターの操縦がある。このヘリコプターは、昨年の暮れに1台4万円で3台購入した。ラジコンではなくてiPad2でコントロールしている。いわばiPad2の端末器具である。電源は電池で、10分間動き、重さ400グラム。半年経った最近では、2万円になっている。今日は2機持ってきた。各々のIDナンバーに電波を割当てて、ヘリコプターを動かすことが無線でできる。私が1機を、もう1機は秘書が各々操作する。スクリーンには、ヘリコプターに取り付けた2台のカメラのライブ映像が映し出されている。

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「動かしてみる。方向を変えてみる。ここ(iPad)で操縦をコントロールをする」と、
ヘリコプターの実演をする石井氏。手前に飛ぶのはヘリコプター。

将来、自動車がネットワークの端末になる

 トヨタのような自動車メーカーは、将来自動車をクラウドコンピューティングの情報端末と考え始めるのではないだろうか。本年3月、トヨタ自動車とマイクロソフトとが、タイアップしたことを発表。マイクロソフト社のクラウドコンピューティングのネットワークを自動車で使おうとしている。さらに、実際の顧客サービスの最後のところは、セールスフォースという会社が担当する。同社の創業者ベニオフ氏が「自動車は情報端末だ」という考え方を打ち出し、情報面だけのクラウドに限らず、隣接する自動車というハードウェアまで含めてお互いに融合したシステムへ拡大し始めている。情報を取り扱う通信システム中心だけの企業モデルから、急速にシフトさせている。これはクラウド2とも呼ばれている。
 デモを行ったヘリコプターの価格が2万円以下になれば、小学生でも買える可能性がある。そのような環境で成長した子どもが将来どうなるか。「ゲームをやっている」だけで止まっている間は、オタクの遊びにすぎない。ところがそのハードウェアが、例えば自動車などの大産業の要素に置き換わり始めて、クラウド2が具体化していくと、社会全体の改革へまで波及するかも知れない。

 さらに、飛行中のヘリコプターからの映像を全部クラウドでアーカイブしている。ユーザーは動画情報について何の操作もしなくても、クラウドで自動的にメモリーができている。それを今再生し、お見せしている。インタビューなどの動画撮影が、iPad2を使うと簡単にただ同然でできる。一昔前のテレビ会議設備が高価で、通信料も高かった時代から考えれば、今は日常的になり、ただ同然でできる。

ライブで今の揺れを見る地震センサーとデータの連続長期保存

 私がいる東京・赤坂のオフィスの中に置いてある、地震センサーシステムをお見せする。ライブで、今の時間の揺れを遠隔から見ることができる。この画面は、今の室内の揺れのグラフを直接表示している。つまり、ネットワークに接続してあるネットカメラにアクセスしている。これがビルの10階の現実の振動である。波形が変わってくると、地震が来たのが視覚と体感とでわかる。これを昆虫採集のように、蒐集している。それをフェイスブックの「ページ」というソフトで、次々に記憶している。フェイスブックというと、お互いに話し合うだけではなくて、こういうクラウド方式ソフトウェアもあり、地震多発時には直接自然環境との感覚的な結びつきに有効に使える。

ユーザー・イノベーション、21世紀の新しいあり方

 3月11日に被災地ではテレビが見られなかった。その時に、広島県のある中学3年生は、ユーストリームを使って、広島のNHKで放映されている映像をインターネットに載せた。すでに中学3年生がこの位の能力を持っている。自分で考えてすぐに実行に移し、ニュースを知らせようと工夫した。すぐに3万人が見た。この実用的メリットをNHKが中学3年生に学んで、自らが同じようにユーストリームに掲載するようになった。このようにユーザーがイノベーションを起こすことをユーザー・イノベーションという。21世紀の新メディア革命がもたらす大きなチャンスである。

集中から分散に、通信の高度化が分散を可能にする

 1980年代、日本は技術面で相当強くなった。それを長期的に維持するにはどうしたら良いか。大平総理の政策研究会に私も入った。そこで環太平洋とか、全国的なハイテク立地などを研究した。今、一番関係があるのが、首都機能の移転の問題である。そのころ国土審議会の会長もやっていたが、同時に首都機能の移転の審議会の委員も4年間やった。
 全国で、3つの首都機能の移転先候補に絞られた。最も有力であった候補地が、今回の震源地に近かった。当時、地震学の最も権威のある人が加わり徹底的に調べていたが、不十分な結論だった。国会決議があって、調査が4年も行なわれ、答申後2004年着工予定となっていたが、今は7年目に当たるので、もし計画どおり着工していたら相当な被害にあったはずだが、幸い中止になってしまった。当時、東京都はものすごく反対した。これが、4月22日に石原知事をはじめ多くの知事が「首都機能は移転すべきだ」にアッと言う間に変わった。東日本大震災のインパクトによって、集中から分散へと戦略が正反対に変化した。

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首都機能移転の審議会委員をしていたという石井氏、
震災が起きてから「首都機能は移転すべきだ」に変わったという。

 かつての反対原因は、スケールメリットという経済的効果を徹底的に追求した結果であった。そのメリットを捨てて、首都機能は分散化が望ましいと4月22日に変わった。分散化は、小規模化・モバイル化に行き着く。通信機能が良くないと分断と同じになる。分散化を進める前提には、通信は十分だという条件がいる。21世紀はモバイル社会だ。先ほどの集中から分散へとは、国としても各国に機能が分散する方向へ向っている。それは、クラウド、通信、モバイルがなければ、現実にはできない。
 ITで高齢者を支えようという場合も、クラウドを抜きに考えられない。その結果、高齢者がどう変わるのか。介護でも大問題になるのは、認知症である。あるクラブで、本年4月にiPadの高齢者向け講習会をした。皆さんにヘリコプターのデモも見せた。
 結論としては、iPadは、若い人と同じように高齢者にもやる気を出させる。iPadには説明書が無いので、触らないと分からない。取かかりは、苦手であっても、パソコンよりも楽に使えるようになる。

 クラウドで高齢者の脳を活性化させる

 高齢者は、体力的に限界があるが、例えば通信を使って、ネットショッピングをして、現物は宅配経由で送ってもらうことなら容易に対応できる。要するに、世の中全体がクラウドコンピューティングを活用するようになり、人口構成上大きな部分を占める高齢者つまり潜在的ビッグ・ユーザー層のアクティビティを向上させることが災後の国家戦略の基礎である。
 難病があり、町田市で寝たり起きたりの知人の事例。ただし、脳はしっかりしているので、新潟でプログラムをやっている人と、クラウド方式で直接ソフトウェアの開発ビジネスを活発に行なっている。アクティビティとしては極端に高かった正岡子規の先例もあり、高齢者とも共通するものがある。
 世界の先頭を走る高齢者社会日本が、最近の10年程で長足の進歩を遂げた脳科学の成果も積極的に取り入れ、高齢者クラウド(東大などの産学協同プロジェクトのテーマ)を新メディア革命の柱の一つとした経営戦略を創出することを期待して止まない。

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