第17回 知的財産委員会報告
平成24年3月12日、第17回知的財産委員会(荒井寿光委員長)を日本記者クラブにて開催した。
エヌユー知財フィナンシャルサービス会長の梅津興三氏から、「企業の技術力と特許情報の評価」と題する講演があり、意見交換を行った。
講演:「企業の技術力と特許情報の評価」
(梅津興三エヌユー知財フィナシャルサービス(株)代表取締役会長)
知財部より経営企画部からの仕事を受ける
エヌユー知財フィナシャルサービス鰍ヘ、会社の名前にある通り、最初は「フィナンシャル」ということで、知財の情報を金融関係者に提供していた。銀行時代もアナリストの教育を受けていたが、欧米のアナリストは8割以上が理系の出身で、日本は全く逆で90%以上が文系出身である。日本の技術立国という観点で、適正な資金配分、資金供給をする必要があると感じた。多くの会社は定性分析の積み重ねだと思うが、我々は経営企画に話ができるような、質問項目を多くして、会社を立体的に浮き彫りに出来ると思って取り組んでいる。
始めてすぐにリーマン・ショックが起こり、金融関係のマーケットがしぼんでしまったので、メーカーや公的機関など色々な所に営業に行ったら、知財部の方々より経営企画部の方々から声をかけて頂いた。そのうちに知財部や公的機関の下請けのような形の仕事を頂いた。
技術力を裏付ける独自のデータベース、「特許力指標」「収益・株価」のシミュレーションなどを加えた指標を作成した。財務指標と並ぶ「Hidden指標」と位置付け、考えている。日本の特許庁ではグローバルな動きが見えないので、現時点ではアメリカの特許庁のデータベース化を進めている。また、中国、台湾、韓国、インドなどとも比較可能である。
会社は、スポンサーが日本ユニシス鰍ネので、社名に「エヌユー」と付いている。井上社長は大学院で数学を専攻し、ドクター・シャープというノーベル賞受賞者の経済学者のもとで金融モデルなどを作った人である。
特許データから企業分析が可能
(1)日立金属の営業セグメントで特許をどれだけ持っているか。また競合他社と比べて分野の中で何位かというデータを見ると、日立金属が特許力第1位の分野(工具鋼、永久磁石)のランキングを見ることで、会社分析をすることが出来る。
(2)ハイブリッド自動車分野で、主要企業の特許の被引用の相関図を作れるかということで、特許のつぶし合いや制限の分析、累積と時系列での分析、ハイブリッドはアイシンAWが始め、トヨタが引き継いだ経緯などが分かる。累積ではアイシンAWが多いが、時系列で見るとトヨタが増えている。日産は、本質的な特許というより乗り心地などに関するものが多い。
(3)大手メーカーの合併時に受けた仕事だが、相手の会社も含めて日本全体で10数万の特許があり、それを格付けした。特許評価で、総額約2億円の削減となった。
(4)カーナビ分野でのM&Aの事例。クラリオン社とザナヴィ社(日立の子会社)。クラリオン、ザナヴィ、日立を統合して要素別特許出願件数を見ると、補完関係ができている。これを1社として見ると、トヨタグループに伍することができることが分かる。
(5)研究所とマーケットリサーチと特許と絡めてどのようなヒット製品が出来るかを予測した。
(6)オリンパスの米国での特許。オリンパスがいかにグローバルな分野トップの特許登録をしているか。歴史的には、被引用回数はジョンソン&ジョンソンだが、最近の動きを見ると、圧倒的にオリンパスが強い。オリンパスがイギリスのジャイラスという会社を買収したが、ジャイラスが米国の特許庁に申請している特許は非常に少ない。しかし、被引用数で見ると非常に多く、1件当たり46.7回ある。つまりジャイラスの買収は非常に良いという分析ができた。
(7)LED分野での主要企業の特許登録件数と被引用回数を分析した。東芝、パナソニック、シャープが特許件数では250以上と並んでいるが、被引用回数では東芝が圧倒的に高い。これも累積で並べているが、最近10年程度で見るとまた変わってくる。
(8)液晶ディスプレイの米国特許データを見ると、現在、日本が韓国・台湾にシェアで差をつけられていると話題になっているが、特許で見ると10年前にその兆しは完全に出ていた。特許の出願・登録では日本の3倍くらいの差が出ている。
(9)ボッシュ(非上場企業)とデンソーとで特許データ比較した。2006年以降、特許の出願・登録でデンソーがボッシュを抜いている。製品技術分野で見ると、メカニックな部分ではボッシュが強いが、電気系統ではデンソーが抜いている。非上場企業の場合、公開情報が少ないが、分析の手法はある。
(10)データの活用方法としては、関心のある分野の比較をすることができる。提携先の可能性や、格付けの比較、特許の棚卸をして、不要な物を売却するということも検討している。
非上場の中国企業の動向に注目
国別に見た米国特許登録の動向。韓国は完全にドイツに並んでいる。イギリスは落ち込んでおり、中国がすごい勢いで迫っている。国ベースでは、中国は50〜70万程度、日本は30万程度。中国ではかなりの会社が非上場会社なので、これらの企業が突然上場した時、世界のシェアを占めるリスクがある。
日経テレコン21のレポートに関心が集まる
日経テレコン21の企業検索で特許のページを見ると、データが出てくる。出願類型、有効特許、強い分野などが出てくる。分野別、累計件数、シェアなどが出てくる。このレポートは結構叩かれている。金融ではなく、メーカーの経営企画部に設置されているテレコン21。話題になっている会社、部品の調達・供給先に対しては、収益や販売だけでなく、研究開発についてもチェックしておく必要があるという意識が高まっている。日経がバリューリサーチという新しいサービスが始まるが、特許を盛り込むというので、我々も提供しようと考えている。
講演後の意見交換
(1)石田氏から「経営企画部としては、このような特許中心での分析アプローチを望む。凸版印刷にいた時、特許関連で尽力したが、このようなデータが十分でなかった」「クラリオンの話でブランドという言葉が出たが、ブランドの価値評価に際し、ブランドマネジメント論について報告したことがあるが、どのような効果を願って価値評価をするかというのは難しい。特許出願件数などから指標を作るのは大賛成だが、特許を頼りにできない時、ブランドという面で有効な手法はあるのか。会計的なアプローチは出てくるが、ほとんど信用していない。特許の面で良い手法があるように感じた」とのコメントが出された。
(2)加藤氏から「非常に近い分野で、全く違う観点から素晴らしいサービスをされている。特許力の考え方で、知財をやっている人からすると、個別の技術などに目が行ってしまう。特許力をベースにした技術力があるかという点で、総合的な評価をされていると感じた。技術者や研究者はミクロな点ばかり見るので、こういうことが出てこない。これが普及していくには、何を重視していくかが重要」とのコメントと質問が出された。
それに対し「各社が技術をどう活用しているのか、会社によってはディフェンスのためだけに使うなど、会社のポリシーで大分変わってくる」との意見が挙がり、梅津氏を含めた数人から「ライセンス収入は非常に大きいポイントだが、有価証券報告書で公表はされない。出しているのも数社である。東洋経済の会社四季報に、各社が持っている特許に関するアンケートを出したが、どの会社にも出せないと拒絶された」「戦略的に、オフィシャルな情報は出せない。ライセンス料も定義によって変わってくる」「知財料が入ってくるのはプラスだが、知財料を払うのはマイナス。しかし知財料を払うことで自社の技術や製品が売れるのなどの説明をしないと、数字だけでプラスマイナスの話は出来ない」「P&Gは製品を作るにあたって自社技術は50%未満にする。外部から持ってくることが時間の節約になるという経営方針を持っている。そういう会社は外資に多い。そして自分自身のR&Dを高める」などの意見交換があった。
(3)加藤氏から「国際的に比較する場合、どの国の特許にウェイトを置くのか」と質問が出され、「米国と日本を見ている。色々聞いていると、グローバル企業は、特許を出す場合の自国と米国に出す。ユニチャームは米国でなく、マーケットを重視して東南アジアに出す。ウォッチする企業や目的、前提によって、ウェイトを置く部分が変わってくる」「重要なのはどこで事業を行うかということ。ドメスティックに展開するのか、グローバルにやるのか。事業展開と知財をどうするのか、事業戦略が違うのであれば、それに合わせて分析する必要がある」「グローバル企業は、米国の特許登録を取っておくと、他国に対しても戦いやすい。グローバル展開を考える企業は、自国の次に米国の特許を取る」と梅津氏から回答があった。
(4)秋元氏から「知財について、1つの特許というだけでなく、1つのファミリー(特許の集合)という考え方がある。ファミリーを中心として、どれくらいの出願をしているのかという分析で、違う産業への適用や計算もできるのではないか」と意見が出された。それに対し「電機や精密機械では、特許のカタマリが必要。製品分野ごとに特許のカタマリで見る。カタマリで見る限り間違いはない。取り引きやバーターの材料とするために特許をたくさん出している会社もある」と梅津氏から回答があった。
(5)橋田専務理事から、キヤノンが2006年くらいから特許の出願をやめた点について質問が出され、梅津氏から「これは役員会で太陽電池事業の研究開発をやめたということであり、例えばパナソニックに梅津氏の友人(経産省出身の榎本雅之氏)がいるが、太陽電池の研究開発に榎本氏以外の全役員が反対した」などの回答があった。
(6)荒井委員長から梅津氏へこの事業を始めた理由について再度質問が出ると、「欧米のアナリストはほとんどが理系。日本は文系。その違いが原点。また、これからの産業は量より質という点で、技術のことがすべて分からなくても、融資を分析するためのデータが必要だと考えていた時に特許という切り口を見つけた」「企業の知財部からは好かれないが、経営陣からは、ラインが複雑になっているので、外部からの報告も聞きたいとの要望がある」などの回答があった。それに対し、荒井委員長から、「日本企業の知財部はベースが技術導入で、技術を出してライセンス料を獲得するという発想がない。だから、経営戦略に活用できない」とのコメントがあった。
(7)これらの議論を受けて、「経営企画に対して、知財を基に投資や経営を考えさせる良い材料となる。MOTの重要テーマでもあるCFOの重要性が見える」「得られたデータを経営戦略にいかに活用するか。欧米には知財戦略という個別のものはなく、そもそも経営戦略に組み込まれている」「経営トップが専門部隊から話を聞くだけでなく、知財戦略を経営戦略に『練り込む』ことが必要、それをどのように実現していくかがMOT協会の課題でもあるはず」との意見が出た。
(8)最後に、荒井委員長から「国内の30万件という特許だけを見ていても仕方ない。特許数だけで日米を比較するのは、千円札と一万円札を比較するようなもの。特許の中身をちゃんと見なければいけない。そもそも日本の特許は多いので、スリム化して、新しい知財戦略を考えなければいけない」とのコメントが出され、また委員各氏から「最初に特許を申請するのか日本か、米国なのか。グローバル戦略の中でも国は絞るべき。そしてこれまでの戦略は通じない。核になるのは、出願件数を減らし、申請国を減らし、中心を絞っていく。そして総合政策的な経営判断をするためのデータを出していくことが必要」などの意見が出て、議論は終了した。
次回の会合
次回の講師は、文科省において長年にわたって著作権分野を担当してきた吉田大輔研究振興局長が行うこととなった。テーマは「最近の著作権法制度の動向」となる予定である。
第18回は、5月31日(木)の午後零時〜2時に開催することとなった。
以上