第10回 サービス・イノベーション研究委員会(平成22年6月11日)
平成22年6月11日午後6時、東京都千代田区の日本記者クラブ大会議室において第10回サービス・イノベーション研究委員会を開催した。今回の委員会では、日本銀行調査統計局物価統計担当総括企画役の肥後雅博氏が「サービスの『価格』をどのように測るべきか?」について、また東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻教授の古田一雄氏が「東大のサービス研究−サービスを科学する−」についての講演があった。
「 諸サービスが拡大し、サービスの構造変化が起きている 」と講演する、日銀の肥後雅博氏。
日本銀行調査統計局、物価統計担当総括企画役の肥後雅博氏から「サービスの『価格』をどのように測るべきか?」というテーマで以下の講演があった。
今日は企業向けサービス価格指数、企業物価指数を作るに際して、主として企業向けサービスにおいてどのようなサービスが存在していて、どのような価格設定がなされていて、それに対してどのような方法で調査をして、サービスの物価統計が作れるのかを紹介したい。
企業向けサービス物価指数について説明
1)物価指数とは
物価指数とは、品質が一定な財・サービスの価格を調査し、基準時点と例えば2005年の年平均と比較して価格がどの程度上がっているか、下がっているかを数値化したものである。多数の財・サービスについて調査し、一定のウエートと指数算式を用いて集計したものを「物価指数」と呼んでいる。
物価指数の目的は3つあり、ひとつは景気の動向を測る上での経済指標となる。景気の判断材料として使っている。もうひとつは、デフレーターとしての役割であり、名目生産額、売上高を実質化するために使う。3つ目は値決めをするための参考指標として使う。例えば入札の基準価格などである。
日本には主な物価指数として3つあり、2つを日本銀行が作っている。一つは、企業間で取り引きされる財の価格動向に焦点を当てた「企業物価指数」であり、2番目はそのサービス版の「企業向けサービス物価指数」で、もう一つは消費者、小売り段階での「消費者物価指数」で総務省の統計局が作成している。
企業向けサービス価格指数(CSPI)とは、企業間で取り引きされるサービスの価格に焦点を当てた物価指数で、1991年に1985年1月以降の指数を公表開始、昨年2005年基準指数へ移行している。
企業物価指数は、1887年から作成しており、それに比べてCSPIは新しい統計指数である。採用品目は137品目あり、それを調査するためにおよそ800の企業から3,463の価格を調査している。
品目は7つに分類され、@金融保険A不動産B運輸C情報通信D広告Eリース・レンタルF諸サービスとなっている。最初の頃は運輸のウエートが高く3割あったが、時代とともに情報通信のウエートが上がり2割を占めている。運輸が3割から2割に縮小し、諸サービスが拡大し、サービスの構造変化が起きている。
指数動向を見ると、景気とほぼ同じ動きとなっている。2006年頃よりプラスに転じ、前年比1.5%強まで上昇率が高まった後、2008年夏以降にリーマンショック等の急激な景気後退を受け価格は下落、2009年夏頃に3.8%という下落を記録、徐々に下落率が縮小して現在1.1%に縮小している。
a. 低い採用カバレッジ 企業向けサービス全体240兆円位のうち、採用カバレッジは50%であり、残り120兆円のサービスがある。取れていない最も大きなところで卸・商業系をどのように調査するか大変難しい。次に、金融サービスをどのように評価するか、20兆円ほどある。
b. サービスの統計が十分でない サービスの調査をする際に、ウエート付けして集計するために取引金額が必要である。ひとつの品目の中でも、どのようなサービスで構成されているかを知らないと調査価格の分布を決められない。
典型的な例に不動産賃貸がある。不動産賃貸の取引額が分かる統計が無い。不動産賃貸は、製造業の企業や個人でもビルを持ってアパートを経営していて、不動産賃貸全体の規模は分からない。
c. 多様な価格設定・オーダーメードサービスの対応 飛行機や携帯電話など、サービスの内容が同一でも需要者ごとに価格差別がある。また、需要者のニーズに応じてサービスの内容が異なることも多くある。同一のサービスが繰り返されず、継続性がないため、物価統計の品質一定の価格指数をどうすれば良いのかが問題になる。
d. 難しいサービスの品質調整 サービスの品質定義が容易ではない。一見同じようなサービスでも時間とともに変化する。あるいはネットワークサービスのような難しいサービスもある。不十分な品質調整による計測誤差は、財の物価統計より深刻である。
昨年完了した2005年基準改訂でどのように対応しているのかについて説明する。
a. 追加した新サービス ATM委託手数料、インターネット付随サービス、フリーペーパー・フリーマガジンサービス、社員研修サービス、テレマーケティングの5品目を加えた。
b. 従来からあったサービスで新たに取り込んだもの 内航旅客輸送、オフィス・イベント用品レンタル、一般廃棄物処理、土木設計、プラントエンジニアリング、ホテル宿泊サービスの6品目を価格調査方法の工夫で取り込んだ。
c.財からサービスに移管 新聞、書籍、月刊誌、週刊誌を財からサービスに移管した。
a. 多様化する価格設定にどう対応するのか 多様な料金プランなど、価格の差別化が進んでいる。携帯電話の基本使用料、無料通話分の組み合わせなどがある。また法人向けとして多数での契約に応じた割引などがある。その対応策として「モデル価格」と「平均価格」を使いながら、価格調査を行っている。
b. オーダーメードサービス 需要者のニーズに応じて異なる、同一のものが繰り返し提供されることのないサービスのことで、物価指数は「同一のサービス」を継続して調査する物価指数の方法では価格指数を作成することができない。典型的なものは受託開発ソフトウェア、弁護士サービスとか建築設計、プラントエンジニアリングなど。これに対しては、特殊な価格調整方法を採用している。
対応策として「サービスを想定したモデル価格の設定」「類似のサービスをグルーピングして平均単価を用いる」「人月単価」を使う。
c. 品質が時間とともに変化するサービス テレビ広告では、視聴率が変化すると広告を見る人数が変化し、それは品質が変化すると考えられる。そのため、品質変化に関する時系列情報によって品質調査をする必要がある。
CSPI作り始めて以来、難しい問題を抱えながらも指数精度の向上に成果を上げてきているが、残された課題も多く、精度向上に向けてさらなる努力を迫られている。
それは、「サービス統計のさらなる整備促進」「サービス価格指数のあり方に対する学術研究の進展」「サービス価格指数に対する関心の広がり」の3点である。
質問:物価指数、家電などはメーカーが出している値段と量販店などの値段のどちらを使うのか。
回答:日本銀行が作っているのは企業物価指数なので、メーカー出荷段階の価格である。消費者物価指数は、家電量販店を対象に調査が行われている。2種類の物価指数がある。
質問:その場合、オープン価格はどのように考えるか。
回答:どちらの物価統計も、実際の価格を取ることになっている。メーカーから量販店に実際にいくらで売るかを調査しているので、定価とは関係ない。消費者物価指数でも、小売店で付いている値札を調査しているので、定価やオープン価格とは関係ない。
質問:マクロ的な面で、GDPに対する貢献度が財から7割にまでサービスになっていて、240兆円の対象に対して50%くらいの調査が行き届いて、137品目でカバーしているとあるが、120兆円というとかなりの部分、そのくらいは網がかかっているという感じか。
回答:イメージ的には7割なので350〜400兆円くらいが、製造業以外のGDPだと考えられるが、企業間サービスはその半分強くらいあり、その半分くらいの100兆円ちょっとくらいが取れていて、残ったところを消費者物価指数がとっていて、GDP500兆円のうちの100兆円くらいの話をしている。
質問:サービスはコストと関係があるのかというと本質的には関係がないのではないか。
回答:ご指摘のようにサービスはコストと関係がない。この方法自体は、コストを弾いているので、そもそも違う。
質問:人月単価で評価している限りは「サービスの世の中の進歩に貢献するのか」という本質のところは疑問であるが、どうか。
回答:労働生産性は分からないと書いてある。このやり方だとソフトウェア業界の生産性は、永遠に計れない。永遠にソフトウェア業界の生産性は上がらないという答えしか得られない。どう調査するかによって、生産性の結果が変わり、品質を計る方法で生産性を統計上上げる方法は決まってしまう。色々な意見を聞いて正しい計り方をしないと、経済を歪んだ方向に向かわせてしまうという危うさを含んでいる。
東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻の古田一雄教授から東京大学で取り組んできたサービス研究について、その成果について報告を受けた。
「研究成果をサービス情報基盤として具体化する」と研究の成果を講演する、東京大学の古田一雄教授。 (左端が古田氏)
東大では、サービス研究をどのように今後進めていったら良いのかという枠組みの議論を3年くらい重ねてきた。東大内に産学連携本部があり、そこで2006年7月からサービス・イノベーションの研究をどのように進めていったら良いかを議論してきた。
昨年まででフェーズ3まで実施し、フェーズ1では「サービスの可視化技術」「サービスの定量評価と計測技術」「創発に基づくサービス・イノベーション」の3分科会に分かれて議論した。
2007年10月に「サービスを科学する視点の確率と人材の育成によるイノベーション創出に向け」という提言を行い、フェーズ2では「イノベーションのためのサービス情報基盤の確立に向けて」と「サービスを化学することによるイノベーションに向けて」をまとめた。
昨年までフェーズ3として、研究プロジェクトとしてどのように具体化するかを議論し、IT以外に運輸、メーカーなど広い範囲の企業の賛同を得て行った。
その概要は「融合研究領域としてのサービス研究」「サービス・イノベーション主導人材の育成」「サービス情報基盤の要素技術」「情報技術によるサービスの実現」である。
サービス情報基盤と呼ぶが、これまでもサービスについては何らかの関係する研究が行われていたが、それに加えてサービス・イノベーションを推進していくためには融合研究領域が必要ではないかというのが提言の骨子である。その研究成果をサービス情報基盤として具体化するとしている。
サービス情報基盤とは、サービスにも色々なものがあるが「主に情報社会に深く根ざしたサービスを中心に研究を進めてはどうか」と提案している。そうしたサービス情報基盤が確立されることによって、サービス提供者が現在抱えている色々な課題が解決される。近未来に必要となる新しいサービスに貢献出来るのではないかと考えている。
ここで融合研究の必要性について、サービスを科学するのに新たな領域が必要かということがあるが、既存領域の個別対応では手に余るような課題がある。ここでは5つの重要課題が挙げられた。
a. 人間の心理・行動の理解 サービス価値は人の主観によって決まる特徴がある。心理・行動の包括的理解がサービス・イノベーション研究では不可欠である。こういった仮題は、人文社会系で扱われることが多かったが、それだけではうまく応用がきかない。
b. 大量データの取り扱い 現在大量のデータをポイントではなく面で情報を集められるようになった。大量データを使ってそれをどういう風に役立てていったら良いのかのこれといった決定打がない。
c. システムの複雑性克服 1:1でなくて、複雑なバリューチェーン、複雑なシステムで予見しがたいリーマンショックのようなことが起きるが、それを強力に設計、運用する方法論がまだない。
d. 進化・変異への対応 世の中の変化はドッグイヤーと言われるほど速いが、産総研の上田先生が設計クラスを1〜3に分けている。クラス3のサービスシステムをどのように設計していくのか分かっていない。
e. 合意形成・制度設計 顧客中心、ユーザー視点の浸透により参加型とか、共創型となっていくが、合意形成とか、制度設計とかの有効な方法論がまだない。
人材育成の問題についての議論も行っている。
理学・工学系大学院の教育の細分化、専門化が進み、博士課程教育と産業界が求める人材像とミスマッチが起きている。企業の人材育成は、融合領域においては体系的な育成プログラムがなく横断型人材を育てていくような体系が明確になっていないことが指摘される。
日本の産業界の現場はOJTで取り組んでいて、人事は文系、理系に分かれている。適切な学術コミュニティが確立されていない。これをどう対処していったら良いかについて考えている。
a. 人材像・キャリアパスの明確化 今の学生は勝ち組に残りたい傾向がある。新しい領域に優秀な人材を集めるのは難しい。
b. 領域横断型の教育カリキュラム
c. 実践型教育 インターシップは流行りではあるが、手間がかかる。従来型の教育方法では難しい。
d. 適切なテーマの発掘、研究発表、評価の場の提供 若手の研究者には特に重要で何とかしなければならないと考える。
サービス情報基盤の中身を整理するために、要素技術にはどのようなものがあるのかをアンケートをとって整理してまとめた。研究会参加者アンケート調査を実施し、61件の回答の内訳を紹介した。
サービス情報基盤によってどういったサービスが期待できるかについて、主に情報技術の活用について着目して、主体となる3つのサービスを挙げた。
a. 知識集約的サービス 専門性の高い知識や能力を必要とするサービス
b. システム的サービス 業務が明確にルーチン化している業務で、金融、交通など
c. 公共行政サービス 制度、規則が明確で社会的価値が重視されるサービス
質問:サービスの価値評価の最も代表的なところを日銀から紹介してもらった。新しいサービスをどう展開していくかという中で、サービスを科学するという立場でプライスは出てこないのか。
回答:価格決定は、合意形成の1部だと考える。心理・行動の理解というより、合意形成ではないか。価値は皆が認めるから価値が出るのであって、集合的意志決定であり、具体的にはオークションというシステムがあるが、サービスの提供者と需用者の間で決まる。1:1の関係より、社会全体の相場観のようなもので形成されるのではないか。その辺がどうして決まってくるのかを学術的に理論があるのかというと無いと考える。主観的価値に踏み込んだ研究は無いのではないか。
質問:サービスというと実学的な側面が強く、良いサービスはアカデミアの世界というより実際の現場で起きていることが多い。そう考えると教育の中にベストプラクティスや事例研究をやってモデル化などに落とし込んでやるのが有効ではないかと考えるが、そういうことをこの中ではやっているのか。
回答:自分のところでは現場が多い。工学的なモデルに落とし込んで、モデル化して、設計に結びつけられないか。現場密着して感覚で捉えるということでは飛躍的に生産性を上げるとか、問題解決に時間が掛って手に負えない。モデルに落とし込んで体系的な手法にまとめられないかと考えている。
質問:サービス情報基盤とは具体的にはどういうイメージのものか。
回答:イメージとしては基礎データベースがあり、それとプロセスをモニタリングする手段があり、何か意志決定につなげていくための色々な手法群があるイメージである。議論している皆がはっきりしたイメージがある訳ではない。ツールの利用ガイドライン等もあり、そういうものをワンセットで考えている。