【第3回】 自然科学と社会科学の融合(2010.3)
インターネットやデジタル技術の進歩により、現在の社会は、急速に情報化社会、知識社会へと変化している。ICT(情報通信技術)の世界も、最初は人間の肉体的機能の補完や効率化を目指したものからスタートしたが、今後はより高度な知的活動の補完や支援に対象が移りつつある。
例えば、富士通では、業務プロセスの可視化技術が開発され、提供されている。政府や大企業等で用いられるコンピュータシステムは、巨大化し、組織内の多くの業務を同時に処理しているが、富士通の可視化技術を使うと、それらの業務のどこにリスクや無駄があるかというようなことが分析できるのである。(業務フロー分析図参照)
これまでICT分野では、高密度の半導体とか、高速の通信機器というようなプロダクツの自然科学的な研究開発が主流であったが、今後は、人間行動や社会活動に近い分野での発展が期待される。自然科学的研究と、社会科学的研究がより融合し、そこにイノベーションを生み出すことが求められてきているのだ。
高齢化社会を支援するためのヘルスケアや介護の分野や、食料の自給促進のための農業支援、環境に関する技術等、今後社会が求める多くの分野で、この学際的、融合的研究が求められている。
例えば、ヘルスケアの分野を見ると、現在のICTの利用は、プライバシーの保護や医師法、薬事法のような多くの制度によって、各種の規制を受けている。
しかし、日本のこれらの制度は、国際的に見ると必ずしも最も合理的で効率的とは思えない場合がある。
ICTの技術者たちは、「もし制度が変わったらもっと自由に新しい利用があり、そこに価値が生まれる」という発想で、研究を進めるべきだ。そして、法律家や時には政府関係者と一緒に制度の議論をしながら、研究に取り組み、制度を同時に変えていくというアプローチもとっていくことが期待されよう。
農業の分野で言うと、「有名なりんご農家」のような、いわゆる匠の技術をデータベース化し、どの農家でもより容易にそれらを習得できる仕組みの構築の研究も進んでいる。これが一般化されれば、日本の技術は、アジアやアフリカ等、諸外国にもより広く伝播でき、食料の安定供給に資することができる。日本の技術やノウハウがコンサルティングや海外農場経営等、色々な形でビジネスに貢献することも可能となる。
残念ながら、こうした社会科学との融合分野は、日本の科学者の不得意な分野だったように思う。しかし、今後はこれらの分野を戦略的に推進し、国家的にも支援する必要があろう。
今年の8月29日から9月1日まで、六本木ミッドタウンの会議場で、EPIC2010という国際会議が開催される予定だ。EPICとは、エスノグラフィー(「民族誌学」と訳すことが多く、ギリシャ語の「民族」と「記述する」という語が合成されたもの)をビジネスで活用する国際会議のことである。
これは、2005年にマイクロソフトやインテル等が主導して、企業活動の中で人の行動を分析する手法、理論等を議論する場として始まったものである。こうした機会を通じて、日本も新しい時代の研究をリードして頂きたい。