【第4回】 「クラウドコンピューティングサービスの到来」(2010.5)
近年、ICT(情報通信技術)の世界で流行るものといえば、真っ先にクラウドコンピューティングが挙げられるだろう。米国では、1999年にセールスフォース・ドットコムが設立され、顧客関係管理のサービスを始めた頃からビジネスが始まったが、クラウド(雲)という言葉は、2006年にグーグルのシュミットCEOが用いたのが最初とされている。
クラウドコンピューティングの一義的な定義は難しく、提供する各社は、それぞれ異なった点に力点を置いたクラウドを主張している。共通して言えることは、ユーザーは自分でコンピューターやソフトウエア、データセンターのような資産を持たずとも、ネットワークを介してそれらの資産を利用できることである。
自分で資産を持たず、利用するごとに料金を払うことができるので、シリコンバレーでは、資金的余裕の少ない新規事業者は、クラウドサービス無しでは開業できないとまで言われるようになっている。
クラウドコンピューティングの到来は、知的財産権の制度にどのような影響を与え得るのであろうか?
自分で持つICTから、利用するICTの世界へ変化することから、より利用促進の面が強調される傾向が出るのではないか。クラウドの世界の発展が社会の発展やビジネスの拡大につながるとすると、「どうやってクラウドの世界の発展を促進するか?」という観点が重要になり、そのためには、技術や情報を所有する世界から利用する世界への移行をどうやって促進するかという視点での検討が必要となると考えられる。
一定の権利制限(インタオペラビリティー確保のための権利制限等)や差し止め請求権の制限等、これまでも利用促進を念頭に議論されてきた内容が、クラウド時代にはより注目されよう。
クラウドの世界では、クラウドを構成する要素間、ならびに利用する者との間の責任関係が不明確になる恐れがある。
また、侵害の幇助や教唆、共同の違法行為等の定義の見直しが必要になるかもしれない。英米法の寄与過失の例のような場合の解釈も問題になるだろうし、プロバイダーの責任の限定のような立法論も再燃するかもしれないと想像される。
実体法の問題に加え、契約で解決するべき問題が増えるものと予想される。例えば、エンタプライズ間の契約の在り方がより重要になる。またパブリッククラウドの世界では、標準的契約とその承認(合意)手続きがより重要になるであろう。
さらに国際司法の問題がより議論される必要があろう。準拠法、裁判管轄、執行等、伝統的な問題が、より深刻になることが予想されるからである。
クラウドコンピューティングの到来は、かってのインターネットがそうであったように、人類の社会活動を大きく変えるものと思われる。しかもクラウドコンピューティングが成功するかどうかは、知的財産権を含む制度議論に大きく依存している。日本でも、上記のような制度議論に着目して、検討を促進する必要がある。