【第8回】 「契約社会と国際人」(2010.9)
世界中を回ってみると、日本人ほど時間を厳守できる国民は少ないのではないか。
欧米、アジア、アフリカと多くの人が集まる会議で、「翌朝9時から会議再開」と約束して別れると、翌朝の様子でなるほどこの人はどの国から来た人だと分かることがある。
アメリカやカナダの人は、通常10分遅れ。ヨーロッパはイタリアやスペインなど、南に行くほど遅れがひどい傾向があるように思う。
面白いのは、(時差ボケもあってかもしれないが、)朝7時ごろから来て一人黙々とパソコンに取り組んでいるアメリカ人もある。欧米には、夜明けとともに起き、6時ごろまでには仕事に取りかかる朝型人間も多い。
予想通り日本人は、9時5分前に来て、なかなか始まらない会議を手持ち無沙汰に待つのである。
ラテン系の南米の人の中には、1時間くらい平気で遅れ、お詫びも無く会議に参加するやいなや、好きなことをしゃべり続ける輩も多い。せっかく盛り上がり始めた話を蒸し返し、全体のペースを乱すのには閉口するが、最後まで自分の意見を言い続け、それが結構的を射ているのには感心することもある。
しかし、これだけ時間を守れる日本人が、いざ書面の契約となるとなかなかきちんとした契約を作らない。古来、日本は契約社会ではないと言われるが、筆者にはなかなか理由が分からない。
日本民法では、多くの契約は口約束で成立するいわゆる諾成契約とされている。
日本人には、約束をきちんと守るという習性があるので、きちんとした書面も不要なのかもしれない。
紙に書くまでもなく、互いに常識の範囲で行動するから、細かい点まで約束する必要もないのかもしれない。万が一約束違反があっても、上手く示談でおさまるから、面倒くさい契約書やその解釈でもめる必要がないからかもしれない。
しかし、この読者諸氏も良くご存じの通り、これが一旦国際的な契約となるとそうはいかない。
海外の相手方から、急に分厚い英文の契約書を突き付けられて、頭を抱えたまま時間を浪費するケースも多い。その結果、貴重な時間や、ビジネスチャンスを失うことに日本人はあまり気づいていない。一方、内容も理解せずそのままサインしてしまう「豪傑」も多いかと思うが、後で大失敗と言う例も多くある。
これだけ研究開発やビジネスも国際化しているのだから、日本ももっと契約社会に適応してほしいと思う。日本人は、普段の躾(しつけ)として、こうした国際社会向けの契約スタイルを身につけるべきだ。
MOTという見地から申し上げると、研究開発に携わる人々は、まず守秘契約、さらには情報管理契約をきちんと作成し遵守するということからスタートすべきだと思う。
欧米企業と技術的な話をする場合、まず守秘契約(NDA=non disclosure agreement)の締結を求められることが多い。
これに基づいて互いに第三者には秘密としたい技術情報を交換し、必要な人しか情報を見ないことを担保しあう。
NDAがあることによって、深い情報のやり取りが可能となる。さらにNDAによって、秘密とする情報の範囲や取り扱い方法が明確となる。
逆に言うと、例えば共同研究等の深い関係に進まないまま関係が切れたとしても、その規定さえ守れば、その後何の紛争も起こさないことになる。
これだけ約束を守れる日本人だから、もっと積極的に契約を活用すべきだと思う。
大学での教育や企業の研修・人材育成の過程で、書面による契約の理解を通じて、国際人を養成していくことを期待する。