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コラム:ライフサイエンス分野における知的財産戦略

【第1回】 知的財産戦略が注目されてきた背景(2011.2)

我が国の取り組み

 21世紀の経済、産業がグローバルなメガコンペティションの様相を呈するのに伴い、知財の注目度も高まり、2002年2月に小泉総理の施政方針演説の中で、知的財産政策の国家的取り組みが発表され、「科学技術創造立国」として先端4技術分野(ライフサイエンス、IT、ナノテク、生活環境)が選定されるとともに、知的財産基本法を始め関連法なども整備された。
 その後、2009年民主党政権時代になって「新成長戦略」のもと、ライフイノベーションおよびグリーンイノベーションの強力な推進が決まり、その基盤となる「知的財産推進計画2010」の策定も行われた。

ライフサイエンス産業における知的財産

 それより先、私が長年かかわってきたライフサイエンス分野、とりわけ製薬産業においてはグローバルな新製品の開発競争を展開する中で、主戦場の米国では制度上必ず知的財産をめぐる訴訟になるとの実状から、知的財産を経営戦略と一体化し、グローバルな事業展開に対応する、いわゆる知的財産戦略の導入が行われてきた。
 私の在籍していた当時の武田薬品工業を例にとって紹介する。

経営戦略と知財戦略の融合

 知的財産部長に就任した1994年、当時同社は、「世界に通じる優れた医薬品の創出」を目標にグローバルな事業展開の真っただ中にあった。新製品を世に出すまでには研究開発戦略と製品営業戦略とがある。すなわち研究(R)、開発(D)、製造(P)、販売(M)である。これにオーバーラップした形で知的財産戦略(P)が重要と考えた。もう一つの戦略として他社との共同研究から製品導入に関わるアライアンス(A)活動がある。
 研究の初期から自社、他社の研究開発情報を把握し、戦略的な特許出願、他社への権利対策、相手方の権利に触れるのであればライセンス交渉、あるいは訴訟を考えるか、そして如何に障害を乗り越えて事業をスムーズに進めるか等々、知的財産戦略はまさに企業の経営と首尾一貫して行われなければならない。
 現在、同社ではMPDRにA及びPを加えて10年先を予測して対策を考える所謂「MPDRAP委員会」のコンセプトを基盤として、全社的な経営戦略を展開している。

知的財産部門のグローバル展開

 次に、グローバルな事業展開に対応するための知的財産部門の変革として、米国、欧州、日本に自前の知財センターを設置し、代理人を通さない現地出願体制をとり、2000年までに三極同時出願、技術提携、係争訴訟などにフレキシブルに的確、迅速に対応できる体制を整えた。
 さらに米、欧のR&Dセンターとの連携を強化し、現地発明の発掘、早期出願、早期権利化対策を推進した。

知的財産活動に対するコスト原理の導入

 3番目に知財戦略へのコスト原理の導入である。すなわち、知財活動に伴う収益と成果とのコストパフォーマンスを考慮して、知的財産活動が数値評価できる体制をとった。同時に事業の価値を事業価値計算法で計算し、知財活動によって知財の価値がどのくらい上がったかを数字で評価した。

知的財産戦略の重要性

 別図(知的財産収支)は、私が知財部長として在任していた時期を中心として、1989年から2003年までの知的財産収支の推移である。
 企業活動は、実施料を支払っても事業が成功すれば良いこともあり、一概に知的財産収支のみで評価すべきではないが、ひとつの重要な尺度であることは論をまたない。
 1994年以降、前述の3点に注力して、知的財産有効活用策を手掛けてきた結果、知的財産部収益は対数的にうなぎ上りの成果を上げ、知財部をコストセンターからプロフィットセンターへと、大きく変身させることに成功した。


© Hiroshi Akimoto, 2011


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