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コラム:ライフサイエンス分野における知的財産戦略

【第2回】 ライフサイエンス分野における知財戦略の特徴(2011.3)

製薬企業における特許の重要性は他業種に比較して高い

 特許はどの企業でも重要な経営資源であり、グローバル競争が重要であるという点では一見ほかの産業と変わらないように見えるが、ライフサイエンス分野、その中でも医薬品産業、特に研究開発型の製薬企業における特許の重要性は、ほかの業種に比較して遥かに高いものとなっている。
 そのことは、1つの製品にかかわる特許が非常に多い自動車産業やIT産業などと異なり、原則的に1つの医薬品は1つの物質特許で独占的な保護が可能となること、その1つの医薬品の研究開発には、数百億円の先行投資と15年以上の長期間を要し、それでも製品化にこぎつけられる成功確率は研究スタート時点での化合物レベルで考えると数万分の1と非常に低いということからご理解いただけると思う。


産業分野における知的財産権の違い(イメージ)

日本製薬工業協会「医薬品産業の現状と展望」(一部加筆)

医薬品は世界共通、その時米国での知財戦略がカギ

 製品としての医薬品は世界共通であることもあり、製薬企業の研究開発費が高額となるのは世界共通の現象である。製薬企業にとって、競合他社や後発医薬品(ジェネリック)会社の参入への抑止力、あるいは模倣品の防止の観点から世界各国で強力なかつ幅広い特許網を構築することが競争戦略上必須となるからである。
 そのため、医薬品産業においては事業戦略に沿ってどのように権利化を行うか、ビジネス展開に沿ってどのような特許網を構築するか、どの国々に出願するか、さらに周辺特許をどのように押さえるかなどの綿密な知財戦略がグローバルな視点で行われることが重要となるが、その際に鍵となるのが世界市場の約50%を占める米国での知財戦略である。

日本の医薬品市場は、世界市場の10%を割る

 ちなみに日本の医薬品市場は過去には世界市場で20%以上を占めていたが、2008年には10%を割ってきており、これが上向くことは今後ないと思われる。
 このことから、日本の大手製薬企業は既に上述のようなグローバルな知財戦略を構築してきているが、ライフサイエンス分野、特に製薬産業でのビジネスを志すのであれば、ベンチャー、大学といえども、グローバルな知財戦略の構築、主として、米国の特許制度を十分に理解しその特徴に応じた対応を行うことを最優先に考えなければならない。

日本企業の多くはグローバルな知財戦略が欠如

 米国の特許制度の特徴としては「研究コンセプトに基づいた先発明主義」と「仮出願」の制度が戦略上重要な課題となるが、これらについては次回に詳しく述べることにして、現実には一部のグローバル製薬企業を除いて、わが国の多くの企業、ほとんどのベンチャー・大学等の知財部門やTLOは依然として日本の弁理士を通して日本での権利化に意識が集中しており、産業の出口としてグローバルな展開を視野に入れた知財戦略が欠如しているのが実態であろう。
 いま一つの特徴は、上述した通り、医薬品の特許はただ一つの物質特許が独占的に保護され、 巨額の富を生む可能性を持っていることから、その基本となる特許は高品質なものとする必要があることである。

研究計画の段階から、米国出願を意識する

 研究計画の段階から知財取得、特に米国のコンセプトに基づいた出願を意識しなければならないこと、周辺特許を押さえて紛争を未然に防ぐ必要があることなどを十二分に配慮するとともに、厳選された高品質の出願を必要性に即して行うことになる。
 医薬品産業が、他産業に比べると、研究費の総額に比して特許出願の数が少なくなるのは当然である。また、このような知財戦略に徹しているため、よく他業界で問題になっているような知財を通じた“意図せざる技術流出”などは起こり得ない。

リサーチツールでは、知財の保護と活用とのバランスを配慮した許諾が適当

 一方、知的財産権の中心である特許権は、本来、学問の発達や産業の発展に資することを前提として、一定期間の独占的な権利(実施許諾権と差止請求権)を与えるものであるが、権利の濫用が行き過ぎると本来の目的を阻害することになる。ライフサイエンス分野の製品は、人々の健康と生命に関わるものであることから、権利の濫用には特に留意する必要がある。
 昨年のノーベル賞受賞の対象となった鈴木博士と根岸博士のクロスカップリング反応の開発については、独占権を求めず、広く技術を活用する道を開かれた、ということでも話題を呼んだが、ライフサイエンス分野の研究開発の初期の段階(上流研究)で使用されるいわゆる「リサーチツール」に関する特許についてはその独占によって下流の医薬品開発の研究が大幅に阻害されることがないよう、知財の保護と活用とのバランス面に配慮した広範な許諾を行うことが適当であろう。
 また、最終の医薬品については次の新たな医薬品の研究開発に向けたインセンティブになるような知的財産権による適切な保護が必須であろう。

 知的財産権の扱いにこのような配慮を行うことが求められるのも、ライフサイエンス分野における知的財産権の特徴と言えよう。


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