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コラム:ライフサイエンス分野における知的財産戦略

【第3回】 日米の特許制度の違い(2011.4)

日本は医薬品市場の10%強、欧米の後塵を拝し続けている

  日本は、ライフサイエンス分野の研究においては、米欧に勝るとも劣らない研究成果を挙げているが、その成果となる知財を活用した技術開発と産業化という面では、いまだ欧米の後塵を拝し続けているというのが現状である。
 ライフサイエンス分野の産業の代表格である医薬品の市場を見ると、2009年のおよそ8000億ドルの世界市場の約40%を米国が、およそ30%を欧州が占めるのに対して、日本は10%強となっている。
 したがって、医薬品の市場を考えた場合、ワールドワイドの感覚を持つことが必須となる。日本の科学技術関連予算のうち30〜40%がライフサイエンス分野に投じられている現状を考えた場合、大学がライフサイエンス分野での研究成果のExitをビジネスに結び付けようとするのであれば、研究成果のワールドワイドでの知財戦略を強く意識する必要があろう。その際に留意しなければならないのは、経済も科学技術もボーダーレス化して国境がなくなってきているにもかかわらず、知財の世界では、依然として各国の知財制度に差異があるということである。
 したがって、研究成果のワールドワイドでの知財化の際に、この知財制度の各国の違いを無視することはできない。なかでも、研究成果を産業に生かすという観点から重要なファクターのひとつになると考えられるのが、医薬品市場のおよそ半分を占める米国と1割程度の日本の特許制度の違いである。特に、米国の先発明主義と仮出願制度という、日本にはない制度の違いを理解することが重要となる。


先願主義の日本と、先発明主義の米国の違いを理解する必要

 先願主義の日本では、発明の完成を「着想(アイデア)の実現(=実施化)」とみなしており、完成した発明が出願されることを前提としている。
 そのため、出願の際には、アイデアとそれに基づいたデータの両者が必要とされ、先に特許出願を行った者に特許権が与えられる。
 一方、先発明主義の米国では、発明の着想の段階で出願を許容しているため、コンセプトに基づいた出願(コンセプト出願)を行うことが可能となっている。
 すなわち、日本での出願の際に必須とされるようなデータは、出願時には必ずしも必要とはされない。先に発明の着想を行った者に特許権が与えられることから、どちらが先に発明したかの争いになった場合は、先に発明のコンセプトを着想していたことを実験ノートなどの証拠で証明することができた者に特許権が付与されることになる。
 さらに、コンセプトの実証は、必ずしも発明者が行う必要はない。別の研究者の実験によってコンセプトが証明された場合も、そのコンセプトが生み出された時点にまでさかのぼり、発明のコンセプトを出願した者に特許権が付与されることになる。

仮出願制度、米国の発明者に低コストの優先権を提供することを目的に導入

 次に、仮出願制度であるが、この制度は、もともとは、米国の発明者に低コストの優先権を提供することを目的として導入された制度である。
 米国は、合衆国憲法に、発明者の排他権を保証することを連邦議会の権限として規定しているように、発明者の権利に手厚い保護を行っているが、特許制度の国際調和に関連して、米国の発明者が容易に利用できる優先権として、仮出願制度を導入している。
 仮出願では、通常出願と比較して安価な出願料のほか、通常出願で必要とされる発明者の宣言書または宣誓書、先行技術開示義務(IDS)に関連した書類等の提出を不要とするなど、出願人の負担が軽減されている。
 この制度は、米国の発明者のために導入されたものであるが、日本の発明者/企業も利用することが可能である。

仮出願制度は、先発明主義の米国では、知財戦略として大きな意味を持つ

 この仮出願は出願後1年以内に、仮出願に基づく米国本出願またはPCT出願を行わない限り自動的に失効し、内容が公開されないという特徴を持つっている。
 したがって、上述の、米国における先発明主義の特徴と組み合わせると、大きなコンセプトを着想し、その一部を実験で実証した時点でも、その後の展開の方向性があれば、大きなコンセプトを主題とする仮出願を行い、出願後1年以内に、大きなコンセプト全体を実証する実験を行って本出願することで、仮出願の時期にまで遡って権利を取得することができることになる。このように、コンセプト出願を行う際に仮出願制度を利用し、適切なタイミングでコンセプトに基づく仮出願を行うことで、より早い有効出願日を確保するということは、先発明主義の米国においても、知財戦略として大きな意味を有している。

米国の制度は、日本よりも平均して約半年から1年早く特許権を確保できる

 このように、先願主義と仮出願を利用することにより、米国では、日本よりも平均して約半年から1年早く出願を行い、特許権を確保できることになる。
 ライフサイエンス分野において最大の市場を持つ米国で、研究成果を知財として結実させるには、如何に早く、広い出願を行い、強い特許権とするかは、既に述べた通り、知財を活用した技術開発と産業化という面での最重要課題であるが、米国の大学等は、仮出願を活用した出願戦略を何年も前から実践してきているのが実態である。

日本のライフサイエンス分野、競争力強化のため、仮出願を活用した出願戦略の実践が求められる

 日本のライフサイエン分野においても、その研究成果のワールドワイドな知財化に際しては、米国の企業・大学・研究機関が実践している仮出願を活用した出願戦略を、自ら実践していくことが、強く求められることになるであろう。


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