【第10回】(最終回)ライフサイエンス知財ファンド「LSIP」の誕生(2012.2)
2010年8月5日、官民投資会社の且Y業革新機構(INCJ)及び大手製薬企業4社の出資により、ライフサイエンス分野において日本初の準公的知財ファンドLSIP(エルシップ,Life-Science Intellectual property Platform Fund)が誕生した。
このファンドは、我が国の大学・公的研究機関で未だ有効活用されていない知的財産を発掘してその価値を高めたり、あるいは一大学の知的財産のみでは使い勝手が悪い場合には、幾つかの知的財産を纏めて産業が利用しやすい様にバンドリングしたうえで、産業界に広くライセンスすることにより、ライフサイエンス産業の発展及びベンチャーの創生に寄与することを目的とする。
LSIPで取り扱う知的財産は、製薬企業の関心度の高い領域である(1)がん、(2)アルツハイマー、(3)ES細胞/幹細胞、及び(4)バイオマーカー(全領域)の4領域並びにこれらの医療機器である。ファンド運営は知的財産戦略ネットワーク(株)(IPSN)の100%子会社(LSIPファンド運営合同会社)が引き受けており、実務的な業務はすべてIPSNが受託している。
LSIPは、一般的な投資家によるプライベートファンドのような利益最大化を最優先で追及するファンドではなく、我が国が誇る革新的技術の実用化やベンチャーの創出を第一義に考える点に最大の特徴がある。また、LSIPに対する最大の出資者であるINCJは政府出資約90%および各産業分野のリーディングカンパニーズ約10%の資本構成の会社であり、科学技術振興機構(JST)、産業総合技術研究所、理化学研究所などとの連携強化も推進し、産学官連携体制が整っている点もLSIPの運営上大きな強みになっている。
我が国でLSIPのような仕組みが求められた背景には、国費によって行われる大学等の研究成果が産業界で未利用のままで放置・放棄されていたり、知的財産の保護が未熟のため不当に海外に流出したりすることを防ぐ狙いがあった。
さらに、産業界からは、
(1) ある程度まとまった知的財産群のライセンスを希望しているのに対し、各大学がバラバラに特許を取得しているため、企業の望むような形でのライセンスが行えない、
(2) 大学の特許は研究目的からの派生という形で取得されているため,バックアップするためのデータが不十分で、特許としての広がりも狭く、企業の望むような「権利範囲が広く、かつ、強固なもの」とはなっていない、
など幾つかの問題点が指摘されていた。
LSIPは、このような問題点を解決するため、上記の4領域について、大学のほか、科学技術振興機構(JST)をはじめとする公的研究機関から、また必要に応じて、ベンチャー企業を含む企業等から、一定の価値はあるもので活用されていないような知的財産を購入し、または実施許諾を得て、それらを集約するほか、必要に応じて知的財産を強化するための補足研究の支援、あるいはJSTを補完する形で出願国を拡大することなどにより、産業が利用しやすい形でのバンドリング・権利化の支援、あるいは知的財産の補強のための周辺特許の取得等の支援を行うこととしている。
活動開始から1年半経た現在、LSIPによる知的財産の取得は、契約済み及び契約に大筋で合意済みのものを合わせてすでに100出願を超えており、この実績を踏まえて、これら知的財産を活用する段階に入ってきた。LSIPでは、事業化を見据えた知的財産のバンドリング方針を打ち立て、従来の活動に加えて、企業との提携に向けたライセンス活動を展開し、これらの知的財産の事業化・産業化へ向けて活発に活動を行っている(2012年1月16日、プレスリリース参照)。
近年、あらゆる分野でオープン・イノベーションが世界の潮流となり、日本国内の大手製薬企業も特にアーリーステージでは自社研究だけでなく、アカデミア等の社外シーズの獲得に向けて熱心に取り組むようになった。先端技術分野でのオープン・イノベーションのための受け皿の構築は、日本の技術創造立国〜知財創造立国のために必要不可欠な重要な課題と考えられる。基礎的・基盤的研究におけるオールジャパン体制のオープン・イノベーション構想が、ライフサイエンス分野におけるLSIPの設立を契機にして初めて具現化しつつあると言えるのではないであろうか。
以上、10回に渡ってライフサイエンス分野における知的財産戦略について述べてきた。
2002年、当時の小泉内閣が知的財産立国を掲げて10年が経つが、これからの10年で日本は欧米を猛追し、中国・韓国・シンガポールなどに抜かれ去られるのではなく、アジア諸国での主要なポジションを確保できるか、すべては研究戦略〜知財戦略〜事業化戦略、そしてそれを実戦的に統合して築き上げ、実行していくことができる知財人財の活躍にかかっているだろう。