第11回 知的財産委員会報告
平成23年3月10日、日本記者クラブ(東京・千代田区)にて、第11回知的財産委員会を開催した。委員会の冒頭、荒井寿光委員長から「世界的な変革の中で、特許は遅れるべきでない」との具体例を挙げた発言があった。
その後、角忠夫教授から「無形資産価値評価の現状と課題」と題した講演があり、意見交換を行った。
角忠夫教授が「無形資産価値評価の現状と課題」と題し、講演した。
最初に、角教授は、東芝の重電畑を歩み、府中工場長、取締役重電本部長の後、東芝メカトロニクス社長などを務め、大学界に転進した経歴を簡潔に紹介した。府中工場長時代にコンピューターが全盛となり、1万5000人の従業員中、ソフト従事者が5000人と、ソフトの比重増大を説明した。角教授は「GDPや労働人口で70%をサービス産業が占めているのに、経営の価値評価は非常に遅れている」と強調した。
「会社の仕組みとステークホルダー(利害関係者)」では、貸借対照表の資産の部の流動資産が現金、棚卸資産、材料、製品から成り、固定資産が機械、建物、土地などから成る一方、負債・資本の部では、他人資本が買掛金、借入金から成り、自己資本が資本金、剰余金から成っており、「有形資産中心になっている」と指摘した。
「企業価値評価の現状」では、財務会計の3点セット・財務3表として貸借対照表、損益計算書、キヤッシュフロー計算書を挙げ、貸借対照表は過去から現在までのストックを示すが、資産の部の固定資産の中に、唯一、「無形固定資産 のれん代、ITシステム開発費など」があり、売り先がはっきりしているものや計画中のものを載せて良いとされている。この点が、「無形資産価値評価が遅れている大きな原因だ」と指摘した。
損益計算書は、1年間のフローであり、キヤッシュフロー計算書は、営業活動、投資、財務活動のキャッシュフローがある。
財務ピラミッド分析では、
(1)成長性一売上高成長性=(当期売上高/前期売上高)×100
(2)収益性一売上高営業利益率=ROS(営業利益/売上高)×100、
株主資本利益率=ROE(当期利益/自己資本)×100、
総資産利益率=ROA(経常利益/総資産)×100
(3)効率性−総資産回転率=売上高/総資産
(4)安全性−自己資本比率=(自己資本/総資産)×100、
負債比率=D/E 有利子負債/自己資本。
「小田急と京王の財務比較」では、売上高、営業利益は2010年3月期、株価は平成23年3月10日現在で、成長性、収益性、安全性、効率性指標を示した。
有形指標は京王有利なのに、マーケットが小田急電鉄の無形を評価した結果、株価は京王の549円に対して小田急は778円となり、時価総額は1.6倍となっている。「企業価値評価」は、市場付加価値(MVA : Market value Added)+無形資産(lntangible)・技術資産・営業資産・人的資産と有形資産・純資産の総額が時価総額(株価×株数)と同じであり、それに有利子負債を加えたものが、企業価値(EV)である。M&Aの場合、EVが重要になる。実際の売価(時価総額)=純資産(有形固定資産)+のれん代(無形資産)である。角教授は、電機産業の財務分析として、日立、パナソ、ソニー、東芝、NEC、富士通、キャノン、三菱、シャープ9社の財務指標を示した。指標の中で、売上高、株価、時価総額、純資産、MVAが主要指標で、この中で、「MVA、つまり無形資産の指標を、企業戦略の最重点にすべきである」と強調した。電機産業の時価総額とMVAについても説明した。
「無形資産価値評価」では、日本の企業会計原則の上では、無形資産、特に無形固定資産が「営業権、特許権、地上権、商標権など」に過ぎない。BS上に計上されるのは、他者から購入した無形資産のみで、自己創設の無形資産は認められない。社内的に、認識は薄いし、弱い。特許の対価についても、ほとんど計上していない。「無計資産の分類」では、工業所有権、知的財産、知的資産、無形資産とある。M&Aや売却の時には、特許データと製造拠点データを出すが、「純資産十のれん代」が最も重要になる。「無形資産の評価方法」には、コストアプローチ、インカムアプローチ、マーケットアプローチがある。
そして、「『知的財産報告書』開示会社」として、報告書を発行している企業は18社、記載は4社、「社会環境知的資産報告書」の発行は1社、「アニュアルレポート」に記載は11社を示した。また、「知的財産報告書」開示例として、東芝、三菱重工など8社について、角教授が分析した結果を表示した。
分析作業から、角教授は
(1)何のために、誰のために、が不明確
(2)少なくとも、各社のパラメーターを揃えるべきだ−−と指摘した。
さらに、「無形資産経営報告書」開示会社として、ネオケミア、日本政策投資銀行など5社について表示した。こうした会社は50社位あり、中小、ベンチャーが主だが、担保価値としては前進と言えると説明した。経済産業省調べの知的資産経営報告書開示会社数では、2006年、2007年、2008年と、会社数は増えている。角教授は「まず出すこと、継続することが重要だ。順次、改良されていくと思われる」と評価した。
「企業の経営指標の変遷」については、1960年代は「売上高至上主義」、1970年代は「利益追求」(ROS=営業利益/売上高×100%)、:1980年代は「株主至上主義」(ROE=当期利益/株主資本×1 0 0%)、1990年代は「キャッシュフロー経営」(EVA:経済付加価値、NOPAT一投下資本XWACC、NOPAT:税引き後営業利益、WACC:加重平均資本コスト)、2000年代は「資本効率向上」(ROIC=営業利益/投下資本)、2010年代は「無形資産の時代」「コンクリートから人へ」(MVA=無形資産価値評価)。角教授は、第3次産業が70%を占め、製造業のサービス化の時代が到来して、これからは「MVA」が重要指標になると主張していた。
「無形資産価値評価」の課題として、
(1)無形資産の項目のデファクト化
(2)企業内部の無形資産管理の推進
(3)産官学による無形資産の企業価値への変換関数の研究
(4)自己創設の無形資産のオンバランス化の推進
(5)無形資産開示項目と尺度のガイダンスの強化
(6)知的財産報告書と知的資産経営報告書の合体
(7)同上開示会社の増加の推進
(8)証券、銀行業界における同上開示報告書の評価と活用の推進
−−などを挙げた。
この中で、角教授はAの「企業内部の無形資産管理を推進することが最も重要である。外部への開示以前に、M&Aに備えるための意味がある」と指摘した。
そして、これまでの説明を要約すると、
(1)無形資産価値評価の推進は企業活性化に直結する
(2)ベンチャー企業、ソフト・研究開発型の有形資産担保を持たざる中小企業への恩典
(3)21世紀の日本企業こそ無形資産で戦うべき時代の到来
−−などとなる。
角教授は「21世紀には、無形資産価値評価を経営の中軸に置くべきだ。経済界あげて、MVA至上の方向へ強力に推進していくべきである」と結んだ。
講演の後、意見交換を行った。
石田教授は「非常に参考になったが、無形資産価値の見せ方だと思うが、オフバランスの効果的な方法はあるか」と質問したのに対して、角教授は「社内の技術価値評価をしっかり進めることがある。技術者の評価と、各部門別の評価を併行して行い、特許登録も、実施後にリターンを計上すべきだ。時系列で蓄積して、個人の評価につなげていくことが重要である。競合他社とも比較して、COOに提供できるデータを完備すべきだ」と答えた。
また、秋元社長は「武田とシスコ・シレックスの買収を通じて、基盤的技術と人材が最も重要だと思った。その中でも、“第1レイヤー”の獲得に尽きると思う。武田では、給与を以前の1.5倍支払って、最優先で獲得した。技術・ノウハウは3〜5年で武田に移転した。コストからインカム・アプローチ、つまり事業価値評価に結びつける必要がある」と語った。
これに対して、角教授は「確かに、“第1レイヤー”などの人材が大きな決め手になる。技術レベルや特許、各種の学会、客に説明する役割など、戦略的に、時間をかけて人材データを内部蓄積しておくべきだ」と答え、 「人材と言っても、それぞれの業界で、実際は、お互いに見合っている。インフォーマル、ロコミ、社外の色々な会合、海外など、広く網を張っておく必要がある。昨年、日本で中国主催のサービス問題の会議があったが、参加者の半分は中国人だった。また、1年に1回でも、海外IRを勧めたい。辛辣だが、海外の評価を知ることも大切だ」と指摘した。
また、加藤総代表は「無形資産価値評価は重要だし、賛成だ。 2003、4年頃に、経産省の知財部会で作業した経験があるが、企業は賛成しても、ライセンス料の表示の仕方が各社によって違う。また、国際的には、OECDなどで、知財についての国際基準を検討したり、見せ方、出し方を含めて、ルール作りが重要だと思う」と指摘した。角教授は 「現在はアイテム自体もバラバラだが、最低限アイテムをデファクト化する必要がある」と語った。秋元社長は「企業の立場からすると、対外的には、“物質”は言えるが、守秘義務があるので、ライセンス、ノウハウ、人材については言えない面がある」と指摘した。
活発な意見交換がされた。左から石田副委員長、荒井委員長(中央)、角教授(右)。
また、石田副委員長は発明協会のアンケート調査の例を挙げ、鮫島弁護士は研究開発投資の標準について指摘した。最後に、橋田専務理事から「無形資産家値評価と国際会計基準との関連について、意見を聞きたい」との質問があったが、角教授は「国際会計基準(IFRS)の導入は大きく注目している。例えば、のれん代の償却の問題があり、償却しないで、毎年、棚卸しするようになるようだが、結構、厄介だ。M&Aの促進をはじめ、経営の新たな変革を迫ると見ている」と語った。